「ご存知スコットランド出身のUMA(Undoubtedly Magnificent Animal)。吉祥寺The Wigtownに時折現れる。趣味は蒸溜所巡り。アクキー、マステ、絆創膏、クリアケース、缶バッジ(全7種+シークレット)、ぬいぐるみなどのオリジナルグッズ展開を構想中。
スコットランド出身のネッシーさんが、その知的な瞳で国内のクラフトジン製造所の様子を見て回るシリーズ。
第9弾となる今回は、北海道は積丹にある積丹ブルー蒸留所へ訪れました。
札幌から西へ車で2時間ほど。
「積丹ブルー」と呼ばれる独特の青が煌めく海を見下ろす岬の上に立つのが、今回の目的地、積丹ブルー蒸留所です。
2020年の創業以来、「火の帆」というブランド名で何種類かのクラフトジンを世に送り出しているこちらの蒸留所。
当時、この土地に有り余っていた広大な未使用農地を利用してなにかできないかと模索し、さまざまな専門家に話を聞いていく中で、木育の専門家から「積丹の気候風土はスコットランドのそれとよく似ている」という発言が飛び出したことに端を発するこちらの蒸留所。その時に聞いたスコットランド北部の島、シェットランドにある「ブラックウッズ蒸溜所」の話をきっかけにジン蒸留所建設の話が持ち上がったということで、ネッシーさんも少し懐かしさを覚えるような雰囲気ですね。積丹についてからずっとネッシーさんが穏やかな表情をしていたのはそういうわけだったんですね。
今回ご案内してくださったのは取締役CDOの岩崎さん。
ご挨拶を済ませると、早速製造についてのお話をうかがいます。
「火の帆」シリーズはすべて、いわゆるワンショット蒸溜で造ったベースとなる「積丹ドライジン」に、それぞれのボタニカルを単一で蒸溜した「ボタニカルスピリッツ」をブレンドするやり方で製造されます。ワンショットとブレンドのいいとこ取りって感じですね。
現在「火の帆」シリーズで定番としてリリースされているのは全部で5種類。それらを生み出すために使用されるボタニカルは30種類を超えます。
ブレンドで仕上げるタイプのジンの場合、それぞれ単一で取り出すボタニカルスピリッツの数だけタンクの数が増えるため、とにかく場所が必要になります。
ブレンドで生み出すことのできる味わいが無限大で、それらの調整がしやすい点はメリットですが「とにかくスペースが足りなくて困る」と苦笑されてました。
そしてこの蒸留所の最も大きな特徴というのが、使用するボタニカルを自社生産しているという点。
ジュニパーベリーやコリアンダーといった、ジンの基礎となる7種のボタニカルをのぞいて、使用するボタニカルは全て自社のボタニカルガーデンで栽培、加工を施したもののみを使用しているんですね。
しかもボタニカルガーデンは完全オーガニックというので驚き。遊休農地となっていた5.7ヘクタールをボタニカルガーデンへ生まれ変わらせ、80種類を超える草花を育てています。中にはビャクシンやアカエゾマツなど、苗木から育てて数年がかりでようやく採集に至るものもあり、ジン製造の時間感覚ではないですよね。
ウイスキーなど熟成を必要とする蒸留酒と違い、ジンは基本的に時間的コストのかからないお酒。製造から出荷までの時間が短くて済むというのが大きなメリットなわけですが、”製造”を”ボタニカル生産”からと捉えると、そのメリットは綺麗に吹き飛びます。
また自社ボタニカルを使用するということは、ボタニカルの収穫量上限が生産量の上限になることを意味しています。
例えば同じ種類のハーブを他所から購入してくればジンの生産量を上げることはできます。しかし彼らはあくまで自社生産のボタニカルにこだわり、それこそが自分たちの目指すジンには不可欠であると考えているわけなんですね。
元々農学を学んでいた岩崎さん曰く「同じ植物でも育つ土地によって香りは異なる」「我々は”積丹味”のする植物を育てて、それをジンの中で再現したい」と。
いたずらに生産力を高めるよりは、本当にその土地でしか造ることのできないスピリッツを造る、という強い想いはテロワールの考えにも通じます。
この考えは、年々人口が減少し過疎化の一途を辿る積丹町の地方創生の考えとも結びつきます。
広大なボタニカルガーデンを運用していくには人的資源も必要で、そのための雇用も生まれ、少しずつ地域が活性化していく。
スピリッツ産業を通した地方創生の流れというのは、以前訪れたスコットランド、ハリス蒸溜所の記事でも触れましたが、土地の資源を活かして新たな価値を創出するというのは簡単なことではありません。
「自社でボタニカル生産から行う」という世界的にも珍しい製造にこだわる理由は、〈新たな価値〉を〈長期的な視野で〉生み出すことができるからで、そこでしか生まれ得ない”積丹味”のするジンを生み出すというプロジェクトは、本当に魅力的ですよね。
お話を伺いながら、製造現場も見学させていただきます。
蒸溜機はアーノルドホルスタインのハイブリッド型。
実際に使用するのはほとんどがポットスチルの方で、カラムの方は「wento」という製品の製造にのみ使用しているとのこと。
「wento」は通常のジンを製造する際に出る余留液を使用して造られるジン。通常ならばカットされて廃棄されることの多い余留液をカラムで再蒸留して商品として生まれ変わらせています。通常の商品のいわば”余り”からできたジンということで、以前は”まかないジン”として関係者に振る舞われていたこともあるんだそうですが、現在は商品化して一般でも入手することができます。定食屋さんで賄い御飯がメニューに載るようなものですね。SDGsの考えにも繋がる試みです。
ポットスチルの方ではサトウキビ由来のベーススピリッツに、基本となる7種のボタニカル、そして積丹産のボタニカルである「エゾノカワラマツバ」を加えた計8種を使用したジンをワンショットで製造します。このジンは通称「積丹ドライジン」と呼ばれ、すべての「火の帆」シリーズのベースとなるジンになります。
そしてこちらの商品開発に重要な役割を果たしているのがこちらの減圧蒸留機。
50リッターとポットスチルの10分の1サイズの小ささですが、それぞれのボタニカルスピリッツの製造を担っている重要な設備です。
減圧蒸留機は常圧のポットスチルと違い非常に低温で蒸留を行うことができるため、ボタニカル本来の香りを取り出すことができます。岩崎さんも「なるべく生きている植物の香りを取り出したい」とおっしゃっておりました。かっこいいですね。
減圧蒸留では、およそ12度〜40度といった低温で蒸留するため、できるだけ作業は冬場に行い、夏場も気温が上がりきらない午前中に行うんだそう。いかに涼しい積丹の夏とはいえ、やはり冬の方が減圧蒸留には適した気温ということが言えそうですね。
ポットスチルで製造された「積丹ドライジン」と、減圧蒸留機で製造されたそれぞれの「ボタニカルスピリッツ」をブレンドして「火の帆」が完成するんですね。
またこの日はたまたまボトリングの日。
普段は畑に出ているスタッフさんも総出でボトリング作業にあたっておりました。
ラベリングまで全て手作業で行われております。
こちらの蒸留所に勤めているスタッフさんのほとんどは畑仕事が専門。
ジンの製造はほとんど岩崎さんがお一人でやられているらしく、ご本人も「うちは蒸留家というよりは農家だから」と笑っておりました。
「ファームディスティラリー(農場型蒸留所)」という考え方を体現としては、これ以上のものはないのではないかと思えるほどですね。
「生きている植物の香りを取り出したい」という想いは、実際に畑を耕しているファーマーだからこそ説得力の生まれるもの。
積丹の地でしか生まれ得ないスピリッツを、積丹の自然と調和する形で生み出しているのを感じました。
蒸留所から車で5分ほどの場所にあるボタニカルガーデンも案内していただきます。
こちらでは80種類から100種類ほどの植物を栽培しております。
全て無農薬、化学肥料不使用というこだわりの栽培法で育てているため、香りのいい花や実などは虫との奪い合いになることもあるんだそう。さながら「バグズシェア(虫のわけまえ)」とでも呼べそうですね。中には鳥や熊(!)と奪い合っている植物もあるとのことで、これも自然と共生する積丹スピリットらしいエピソードですね。
また、ジンの製造に使用したボタニカル残渣は畑に戻しているそうです。エコなサイクルですね。
せっかくなのでいくつかボタニカルの様子をご紹介。
などなど。
こちらで栽培している植物の中には、まだまだボタニカルスピリッツとして取り出したことのないものもあるということで、これからの商品展開も楽しみですね。
採集されたボタニカルは、その後適切な処理を施されてジンの製造に使用されます。
そうして「植物」を「原材料化」するための建物が、畑の片隅に設けられているこちらの建物。
積丹グリーン研究所と名付けられたこちらの建物。
採集した植物は、フレッシュで使用する一部を除いて、こちらで「乾燥」や「冷凍」といった加工を施します。
この工程を「原材料化」と呼んでおり、この工程も大変重要なのだとか。
ものによっては低温の状態でじっくり一週間かけて乾燥させるものなどもあるとのことで、これも「畑の香りをそのままジンに」という考えからですね。全ての工程にこだわりが見えます。
ラボの中にはウォークイン型の大型冷凍庫や、温度管理が可能な大型乾燥庫も揃っており、それぞれのボタニカルに適した処理が行われます。
ラボの中はさまざまな植物の香りに満ちていて、とってもいい匂い。
この香りを閉じ込めた「火の帆」を味わう方法としてはストレートがおすすめだそう。
グラスの中で少しずつアロマが花開いていき、積丹の自然が育んだ草花の香りを堪能することができるなんていうのは、とっても贅沢な楽しみ方ですよね。
それぞれの草花の香りを想像しながら、うっとりするような時間を過ごせそうです。
またこちらでは、積丹の自然を未来へと繋いでいくという考えのもと、木育にも力を入れております。
「希望の森」と名付けられたプロジェクトでは、積丹町内の小学校を卒業した子どもたちと共に、火の帆のボタニカルにも使われるアカエゾマツやビャクシンといった苗の植樹を行っております。
豊かな自然に触れ合うとともに、その自然がどのような価値を生み出すかを学んでもらうという試みで、参加してくれた子どもたちには自分の名前が刻印された木製のタグが送られ、8年後の二十歳を迎えた時に火の帆のボトルをプレゼントされます。
現在過疎化の進んでいる積丹町では、町内の中学校に通う生徒は全部で30名ほど。
成長に合わせて積丹町を離れたとしても、二十歳になったタイミングで積丹町に戻ってきて、大きくなった苗木の姿に自身の成長を重ねながら、自然に囲まれてジンを飲む。
「ボタニカル生産」から行うという積丹スピリットの姿勢は、そのジンを唯一無二のものにするためだけではなく、豊かな自然を世代を超えて残していくための手段でもあります。
そうして積丹の自然が未来へ引き継がれ、世代を超えて価値が共有されていくというのは、とってもいいことですよね。
火の帆は、彼らが共有したい積丹の自然を反映させたメディアとしての力も持ちます。
火の帆を飲んで美味しい!と思った方はぜひ、その豊かな自然を味わいに積丹までお足をお運びくださいませ。温泉もあるし。美しい景色もある。夏場には名産のウニも食べられますからね。おすすめです。蒸留所ではオープンデーや、ボタニカルガーデンの見学ツアーなども行われておりますので、ぜひチェックしてみてくださいませ!