ご存知スコットランド出身のUMA(Undoubtedly Magnificent Animal)。吉祥寺The Wigtownに時折現れる。趣味は蒸溜所巡り。エレガン系クラフトジンインフルエンサー。お仕事の依頼・相談はメールまで。craftgin@nessie-san.com
スコットランド出身のネッシーさんが、その麗しいボディをくねらせながら国内のクラフトジン製造所を巡るシリーズ。
記念すべき第10弾となる今回は、埼玉・飯能に2023年に新設されたカールヴァーン蒸溜所を訪れました。
飯能駅からてくてく歩いて20分ほど。
一級河川である入間川の流れも心地よい、飯能河原を見下ろす断崖に建つ瀟洒な建物が今回の目的地であるカールヴァーン蒸溜所です。
こちらはレストラン併設の蒸溜所。
ジンの蒸溜所だけではなくクラフトビールの醸造所も併設されており、レストランでは出来立てのビールを飲むこともできます。
駅から徒歩圏内であることを忘れさせるほど緑に囲まれたこの場所には、かつて結婚式場があったとのこと。
惜しまれながら閉館したものの、飯能市民にとっては華やかな思い出のある場所。
朽ちていく建物を前に、もう一度人の笑顔が集まるような場所を、との想いからこちらにレストランを建設することを決めたんだそう。華やかなレストランで美味しい食事をすると人は笑顔になるからね。素敵ですね。
カールヴァーンを運営する「株式会社 FAR EAST」は、元々輸入業からスタートした会社。
世界のさまざまな食材などをそれぞれの土地の持つ文化とともに、世界の東の果てである日本まで届けることを目的としております。
そのため建物の内装も、アラビア建築と文明開花期の洋館建築を組み合わせた独自の様式でデザインされており、他では見ることのない独特の雰囲気を放っております。時空間を超えた文化のクロスロードとして、ここ飯能の地に現れたと考えると胸が熱くなりますね。
せっかくなので見学の前にレストランでランチをとることにしましょうかね。
日本ではまだまだ馴染みの少ないアラビア・地中海料理を提供しているこちらのレストラン。ここでも同社の「未だ知られていない世界中の魅力的な価値を提供する」という哲学が反映されております。
美味しいお食事を食べて私もネッシーさんもすっかり笑顔。
満足顔で、もう帰ってもいいかなみたいな気分になっていたのですが、蒸溜所を見せていただくという本懐をまだ遂げてはいませんからね。美味しいランチの後は、美味しいジンがどのように造られているのかお話を伺っていきます。
今回お話を伺ったのは製造担当の木村さん。
元々は同社が製造するビールのブルーマスターとして勤務していたのですが、現在ではジンの蒸留も担当し、フラグシップとなるクラフトジン「THREE KINGS 東方ノ三賢人」の製造をお一人でやられている方です。
こちらでジン製造を開始する前は「火の帆」で有名な北海道、積丹スピリットに研修に行かれたということで、話が早いですね。なんたってネッシーさんは積丹ジンのプロアンバサダーですから。(参照:前回の記事)
したり顔をほころばせながら早速お話を伺っていきます。
こちらのジンは、やはり積丹スピリットと同じくブレンドで仕上げる方法を採択しております。
使用するボタニカルはジュニパーベリー、乳香、没薬、そしてレモンマートルの4種類。それぞれ別々に蒸溜してボタニカルスピリッツを造り、それらをブレンドすることで「東方ノ三賢人」を造り上げるってわけですね。
少ない使用ボタニカルの中でも、キーとなるのはやはり乳香。
元々ビールを製造していた木村さんにとって、ジンの核となるジュニパーベリー自体はビールの副原料として使用した経験があり、少なからず馴染みのあるスパイスでした。
しかし問題は、ジュニパーを使用した上でどのように「カールヴァーンらしさ」を表現するか。
研修先の積丹スピリットは「ファームディスティラリー」の考えのもと、その場所でしか造り出せない味わいを生み出している蒸溜所。北海道の豊かな自然の中、自ら育てたボタニカルを使用してジンを造るというのは、まさに彼らにしかできないやり方です。
一方カールヴァーンでも自社の畑を所有しており、飯能でも地のボタニカルを栽培することはできる。しかし、現在は国産クラフトジン百花繚乱の時代。他の多くの先行メーカーが地元産のボタニカルをフィーチャーしてクラフトジンを製造する中、果たして同じやり方で「カールヴァーンらしさ」が表現できるだろうか。
他にはない強みを模索する中で、元来輸入業である同社の一番の強みであり、根本的な哲学でもある「未だ知られていない世界中の魅力的な価値を提供する」という考えに立ち返ります。
自社だからこそ輸入できる特別なボタニカルを使用し、その土地の歴史や文化が反映されたジンを造る。
そうして選ばれたのがオマーン産の乳香(フランキンセンス)。
その歴史は紀元前4000年にまで遡るとも言われており「人類最古の香料」とも呼ばれ、アロマや香水に使われることはあれど、飲食物に使用するのはとても珍しいボタニカルです。
木村さん曰く「トップからフィニッシュまでグラデーションのある香りで、単体のボタニカルスピリッツだけでも厚みがある」とのことで、まさしく深く起伏のある香りですよね。
「東方ノ三賢人」はベースにライススピリッツを使用しているとのこと。
同敷地内にはビールの製造工場もあり、そこから取り出せるビアスピリッツを利用する手段もあったそうなのですが、曰く「モルトスピリッツは強すぎる」「乳香の香りを最大限活かせるスピリッツを模索したところ、ライススピリッツに行き着いた」とのことで、ここからもこちらのジンにとって乳香というのが特別な存在であることが伺えますね。
乳香は他のボタニカルと比べても大変香りが強く、使用する量も他に比べると半分ほどで十分。
その分カットポイントを見極めるのが重要で、味わいを見ながら慎重に一番香り立ちのいい部分だけを取り出します。
同じ要領で他のボタニカルも単品で蒸溜しタンクに保管。
この時に面白かったのが、保管用のタンクにビア樽を使用しているということ。
一番製造量の多い乳香スピリッツをのぞいて、ビール用のケグを流用してボタニカルスピリッツを保管しているなんていうのは、ビールも製造している複合メーカーならではですね。そんなことしていいんだ、って思いました。
乳香と合わせて、こちらの特徴的なボタニカルとして没薬(ミルラ)があります。
やはり古くから人類の歴史と関わりの深い香料の一つであり、また殺菌作用もあることから古代エジプトではミイラの防腐剤として用いられていたとされております。
深く複雑さのある甘みを感じさせる独特の香りは、人々に安息を与えるものとされており、教会などの祈りの場で焚かれることも多い「聖なる香り」の一つです。
そうした特徴的なボタニカルを使用して造られたジンを詰めるボトルデザインにも、同社の大きなこだわりが詰まっています。
目を惹く美しい曲線が独特な印象を与えるボトルは、アラビアのランプをモチーフにしたもの。
ブランドと物語を大切にする同社にとって、中身となるスピリッツはもとより、外見であるボトルデザインもその哲学を反映するものでなくてはありませんでした。
こだわりのボトルはガラス職人さんによって生み出される工芸品。
当然そのコストも高くはなりますが、彼らの大切にする哲学を映し出すには必要不可欠なメディアです。
「東方ノ三賢人」は、他の国産クラフトジンと比べても高価格帯の商品ではありますが「ジン自体の価格は他とたいして変わらないはず。それでも他より価格が上がってしまうのは、ボトルそのものの価格が高価だから」「今後はリフィルの商品なども構想中ではあるが、パウチにしろアルミ缶にしろブランドを守るデザインを考えると、結局高くなってしまうのではないかと危惧している」と笑っておりました。
リフィル商品が出て価格が抑えられれば嬉しいですけれど、確かに4リッターペットボトルの「東方ノ三賢人」に出てこられても、それじゃない感満載ですからね。
「異文化のまだ見ぬ価値を極東へお届け」するのを信条とする彼らにとって、美味しい商品を造るのと同じくらいに重要なのが、異文化を感じることができる商品を造るということ。まだ見ぬ世界に想いを巡らせるのに十分なメディアとして作用するには、そのボトルデザインもとても重要なものです。
ここからは同社の代表である佐々木さんも加わって、さらに詳しい商品コンセプトなどを伺うことができたのですが、その中でも特に印象に残ったのが「座標の端になることを恐れない」という企業の姿勢です。
世界中のあらゆる場所に実際に赴き、その土地の文化と歴史を体感してきた佐々木さんが感じたのは、場所や時代といった時空間を超えてそれぞれの文化に通底しているものがある、ということ。
ジョージアのワイン、アラビアのスパイス、アフリカのフルーツに、イギリスのジン。
人間の身体に必要不可欠である「塩」の輸入からスタートした同社は現在、人間の身体の維持には不必要でも、文化やコミュニティの維持には必要不可欠である「酒」や「楽しむための食事」を通じて、異文化を輸入しております。
そうしたメディアは場所や時代を超えて遍く必要だったもので、そしてこれからも必要であり続けるものです。
彼らにとって輸入業とはあくまで手段に過ぎず、目的はそれを通じて異文化に内包される普遍的な価値を表現することだ、ということですね。
世界や時代の中心であろうとする必要はない。
それぞれの文化に通底し、今も昔も必要とされてきた「酒」や「楽しむための食事」を通して極東の日本と世界を繋ぐ。
そうした想いがしっかり反映されたのが「東方ノ三賢人」という異色のジンと言えるでしょう。
他にはできない同社ならではの文脈で、隆盛を極める国産クラフトジンの中に新しい風を輸入してきた「東方ノ三賢人」。
異文化へのリスペクトに溢れた、まさしく「歴史が映り、文化が薫る」味わいということができるでしょう。
もしもあなたがボトルから立ち上る妖しげな独特の雰囲気に惹かれるのであれば、ぜひ一度飯能の断崖に建つカールヴァーンのレストランへ行ってみてくださいませ。その世界観に圧倒されること間違いなしですからね。美味しいビールとジン、そしてお食事を通じて、まだ見ぬ世界の魅力をぜひご体感くださいませ。
お求めはジンラボリカーから