
ご存知スコットランド出身のUMA(Undoubtedly Magnificent Animal)。吉祥寺The Wigtownに時折現れる。趣味は蒸溜所巡り。寒いのはへっちゃらだがイケてるのでマフラーをしている。そういうところがある
スコットランド出身のネッシーさんが、全てを見透かす鋭い眼で日本各地のクラフトジン製造所を視察に伺うシリーズ。
第11弾となる今回は「スティルダムジン」でお馴染み、佐賀県楠乃花蒸溜所を訪れました。


佐賀駅からバスで20分ほど。
福岡県との県境である筑後川に浮かぶ中洲、大中島にあるのが、今回の目的地「楠乃花蒸溜所」です。


佐賀の県木でもある「楠」の立派さに惚れ惚れしながらご挨拶。
代表の和田さんは長年、大手の総合酒造メーカーで製造を担当してた職人さん。
ビールや日本酒、焼酎など様々なタイプのお酒を造ってきた会社を退社し、自分の会社を設立する際に選んだのが「クラフトジン」でした。
その理由を「日本酒や焼酎は規模が大きく、クラフトビールは数が多過ぎて飽和状態。一人でできる範囲の酒造を考えたときにクラフトジンが候補に挙がった」と。
また、長年の酒造経験から「製造に関わる人数が増えるとどうしてもぶれが生じる。一人でやることでぶれを最小限にすることができる」とも語っており、高品質のものを安定して供給するという意識をとても強く持ってらっしゃるように感じました。
2020年の製造開始から現在に至るまで製造はほぼ一人でやられており、いやはや、これだけのものをお一人でやられているのはひとえに製造に関して真摯な態度の為せる業ですね。尊敬です。

お話は商品コンセプトへ。
こちらの蒸溜所は、百花繚乱の国産クラフトジン製造所の中でも大変珍しい「ジュネバ」スタイルのジンを製造している蒸溜所。「ジュネバ」とは、ジン発祥の国と言われるオランダで生まれたお酒で、現在のジンのオリジナルとなったと言われるお酒です。
楠乃花蒸溜所が一般的な「ドライジン」ではなく「ジュネバ」スタイルのジンを目指した理由には、蒸溜所が位置する佐賀市という場所が大きく関わってきます。
時は遡って江戸時代。
幕府の鎖国政策の中、佐賀藩はアジア以外では唯一の外交国であるオランダとの接点である長崎出島の警備を任されておりました。
その関係で、鎖国中にも関わらず海外の(特にオランダの)技術や文化に触れることが多かった佐賀。長崎出島に入ってきた外国からの商品は、北九州小倉へ運ばれる道中に佐賀を経由するのですが、この際に使われた長崎街道は、特に砂糖の流通経路でもあったことから通称「シュガーロード」と呼ばれ、街道沿いを中心に海外の技術や品物を利用した多くの文化が生まれ栄えたという歴史があります。
このように佐賀の地は古くからオランダとのつながりがあった場所。新しくクラフトジンの蒸溜所を設立するにあたってオランダ発祥のジンの要素を取り入れることは、歴史を反映させることであり、この場所でしかできない物語を生み出すことにも繋がります。

また、「ジュネバ」スタイルのジンは一般的な「ドライジン」と比べると原料となる穀物由来の甘みが強く出るのが特徴で、オランダでは大麦麦芽やトウモロコシ、ライ麦といった穀物から取り出した「モルトワイン」と呼ばれるベーススピリッツが使用されるのが一般的です。
楠乃花蒸溜所では、これを佐賀版ローカライズする際に佐賀の名産の一つである日本酒に着目。純米吟醸酒を単式蒸留で仕上げた「純米焼酎」をベースにしております。
連続式で仕上げる場合と異なり、単式蒸留で仕上げたベーススピリッツは、しっかりと穀物の甘みを残したまま。まさしく佐賀版「ジュネバ」を造るのに相応しいベースで、さながら「清酒スピリッツ」と呼ぶべきベーススピリッツですね。
強く残る米の甘みは、一般的な「ドライジン」を想像して飲むと違和感を抱くような仕上がりですが、「ジュネバ」というお酒と「オランダと佐賀のつながり」という歴史を知った上で味わうと、楠乃花蒸溜所が目指すものが見事に表現されていることに気が付きますね。歴史と風土を合わせたクラフトジン。魅力的ですね。

そんな土地の歴史にリスペクトを持つこちらの蒸溜所が、佐賀県産の一つのボタニカルに焦点を当てて展開しているのが、こちらの「スティルダムガール」シリーズです。
過去には「薔薇」「ゲンコウ」「金木犀」「南高梅」といった商品がリリースされており、地元の生産者さんと一緒に佐賀という土地の魅力をアピールするのに一役買っております。アイキャッチなラベルデザインもいいですね。


またこちらはOEM製造にも力を入れており、棚には過去に造られた様々なジンも並んでおりました。依頼者によってコンセプトの異なるOEM製品は、従来の蒸溜所のものとはまた一味違う魅力があっていいですね。
商品や蒸溜所についてのお話をうかがった後は、おまちかねの製造現場へ突入です。

こちらの蒸溜所で導入されている蒸溜器は「iStill」と呼ばれるオランダ生まれの革新的な設備。
実に40を超える特許技術が盛り込まれた驚くべき装置で、これまで150ヶ所以上の蒸溜所を見学してきた私も、実際に見るのはこれが初めて。興奮しながら製造の詳細を伺っていきます。
わずか100リッターと小型のこちらのスチル。
まず違和感を抱くのはその四角いボディですね。従来のスチルは円形の曲線で描かれるボディを持つものですが、こちらは直線的なボディ。これによって蒸気の流れは従来のものとは全く異なるものになり、その分ボディ内部での還流も多く発生することが想像できます。
そして素材はステンレス。ウイスキー製造などでは銅製のスチルが多く使用されますが、これは製造の過程で発生する硫黄化合物を銅の吸着効果によって取り除かれることを期待しているものです。
しかし、こちらはベースとしてすでに磨かれた「純米焼酎」を使用していることから「銅とのコンタクトは不必要」であると考えているそう。確かに、その方がより穀物由来の風味を残した「ジュネバ」スタイルとも親和性が高まる気がしますね。奥が深いです。

タワーの中にはバルブキャップトレイとラシヒリングと呼ばれるやはりステンレス製の部品が詰まっており、これによってボディから上ってきた蒸気が冷やされて液化し、再びボディの中へ戻っていくという還流が起こりやすくなります。


タワー上部の蒸気の出口にはニードルバルブという装置があり、このバルブを締めるり緩めたりすることで、蒸気の流れをコントロールすることができます。和田さん曰く「ラインアームの角度みたいなもの」とのことで、なるほど。ラインアームが上向きならより軽いスピリッツに、下向きならより重いスピリッツになんて言いますが、バルブを締めたり緩めたりすることで、コンデンサーへの蒸気の流入量を調節できるということですね。はぇー。おもしろー。

一回の蒸留にかかる時間はおよそ8時間ほど。
42度ほどの浸漬液を70度程度まで上げていきます。
ボタニカルによって漬け込み時間は変わりますが、果実など香味が出にくいものだと1ヶ月程度は漬け込むこともあるんだそう。フレッシュなものだと時間がかかりますね。


使用するボタニカルで特徴的なものとしては「海苔」と「ごま」が挙げられます。
佐賀県は全国でも有数の「海苔」の生産地であり、かつ、かつての佐賀鍋島藩の正式な着物の模様として鍋島小紋と呼ばれる、ごまをモチーフにした留柄が使用されていた歴史から「ごま」も佐賀をレペゼンするボタニカルです。
この二つのボタニカルは、OEM製品を除くほぼ全ての製品に使用されており、楠乃花蒸溜所を象徴するボタニカルといえますね。ごまと聞くと少しく不思議なボタニカルな印象も受けますが、和田さん曰く「アーモンドの代わりになるボタニカル」とのことで、なるほど。油分も多く、独特の香りを持つごまは、こちらのジンを特別なものにする効果がありそうです。
江戸時代から続くオランダとのつながりを、ジュネバスタイルのジンを通じて現代に伝えていく。
場所とその歴史に敬意を払いながら、製造設備や使用ボタニカルに至るまでをしっかりと物語に接続させており「この場所でジュネバスタイルのジンを造る意味」を強く実感させる蒸溜所でした。
ひとつひとつの物語を丁寧にすくいあげながら、現代的なクラフトの精神と合わせて令和の世に伝えていく。造り手の情熱は、ジンというメディアにこれほどまでの物語を閉じ込めることができるのかと感動してしまうほどでした。
「スティルダム」というブランド名には「ダムのように想いを溜めていく」という想いが込められているそうです。まさしくそのブランド名の通り、多くの想いが込められた商品だというのを実感いたしました。
みなさんもどこかのバーで見かけたらぜひ味わってみてくださいませ。
その時は佐賀が江戸時代以来歩んできた近代への道のりに想いを馳せてみると、より味わい深いものになること請け合いですね。幕末の明治維新とかも佐賀は熱いですもんね。歴史を知り、物語を知ることで、味わいがより深く感じられるジン。ぜひその物語と共に味わってみてくださいませ。

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