五島つばき蒸溜所 【ネッシーさんの!突撃!隣の!クラフトジン製造所!vol.013】

ゲストライター
ネッシーさん

ご存知スコットランド出身のUMA(Undoubtedly Magnificent Animal)。吉祥寺The Wigtownに時折現れる。趣味は蒸溜所巡り。先日英国大使館のイベントに出席した際にたくさんのゲストから「Kawaii~⭐」と言われ、満足そうにしていた。

スコットランド出身のネッシーさんが長年培った独自の目線で隆盛極まる国産クラフトジンの製造所を視察に伺うシリーズ。
第13弾となる今回は、長崎五島列島・福江島にある五島つばき蒸溜所を訪れました。

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空を飛んでいくぞ

東京からは福岡、或いは長崎を経由して飛行機か船で福江島まで向かいます。
無事福江島の市街地まで到着したら、そこからはタクシーで30分ほど。おしゃべりな運転手さんに島のあれこれを教えてもらいながら、アップダウンの激しい山道を抜けた先。人里離れた美しい入り江を望むロケーションに、今回の目的地である五島つばき蒸溜所はあります。

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道中は険しい山道。はるか眼下に見える美しいコバルトブルーの海が、蒸溜所の目の前の半泊浦です
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わずか4世帯5人の集落に佇む蒸溜所

タクシーの運転手さん曰く、この辺りは水道未普及地域。自治体の管理する上下水道設備がなく、山の湧き水を濾過して使っているんだそう。まさしく秘境と呼べそうな場所で、なんでまたこんな辺鄙な場所に蒸溜所を建てたんでしょうねー、などおしゃべりしている間に無事到着です。

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いざ

五島つばき蒸溜所が創業したのは2022年末。キリンビールに勤めていたお三方によって「小規模でも消費者の顔が見える商品を」という想いのもと誕生いたしました。
手掛ける「GOTOGIN ゴトジン」は今や大人気で、オフィシャルのECサイトを経由した注文でも2ヶ月や3ヶ月待ちという状態。大人気の秘密を探るべく、ネッシーさんの瞳もやる気に満ち溢れております。

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やる気に満ち溢れた瞳

今回蒸溜所をご案内してくれるのは代表の門田さん。
ご挨拶を済ませると、早速蒸溜所……の前に、蒸溜所の隣に建っている半泊教会をご案内してくださいます。

蒸溜所のある五島列島は2018年に「潜伏キリシタン関連遺産」の一部として世界遺産に登録されており、福江島にも様々な隠れキリシタン関連の施設が遺されております。
蒸溜所の隣にある半泊教会もその一つで、現在は蒸溜所メンバーも維持管理に携わっております。
江戸時代の「禁教令」に始まる隠れキリシタン弾圧の歴史は悲劇的なもので、この半泊という場所自体も、弾圧から逃れるために長崎本土から渡ってきた人々によって集落が築かれたという歴史を持っています。
隠れキリシタンの信仰はカトリックの教えをベースに民族信仰などを融合しローカライズされたもので、徐々にその独自性を獲得していったもの。そのため、禁教令が解けた後もカトリックに復帰することをせずに、その独自性を守った信徒たちも多くいたのですが、この半泊という場所は復帰後のカトリックと隠れキリシタンとがお互いを尊重し合いながら信仰を続けた場所。門田さん曰く「お互いが慈しみ合う空気がこの半泊にはある」「クルワ(隠れキリシタンの信仰の集まり、場)が最後まで残っていたのもこの半泊なんですよ」とのことで、こうした土地の物語は、彼らがこの場所でジン造りを行うことの大きな理由になっております。

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半泊教会内部。印象的な水色はパライソ(天国)を表し、カトリックのマリア様のドレスの色と同じ
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ステンドグラスにはアイルランドのシャムロックも描かれている
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最後のクルワが集まっていた「岩屋観音」。岩の庇の奥に手造りの観音像が祀られている

大手酒造メーカーを退職し、自分たちのお酒を造ることを志した彼らが目指したのは「物語のあるお酒」。
いいお酒を造るための環境的な要因や技術的な側面は、長年の酒造経験が支えてくれる。
ならば「物語のあるお酒」を造るために必要な要素は何かと考えたときに「土地の魅力や文化、歴史」はものすごく重要であるということを再認識するに至ったわけですね。
自分たちの考える理想のお酒を生み出すのに適した場所を探し求めて全国を探し回り、静岡県蒲原や愛媛県西条が候補として上がりつつも、最終的に長崎県五島を選んだ一番の理由は「この土地の持つ物語、精神性を表現したいと思った」と語っておりました。
海外から持ち込まれたジンが日本固有のボタニカルなどを用いてジャパニーズクラフトジンとして認知されていく様は、カトリックが民族信仰と融和して潜伏キリシタンの信仰が生まれていく様と重なるようなところもありますね。
ヨーロッパで生まれたジンをどうローカライズしていくか。
半泊という場所の歴史は、彼らが造る「ゴトジン」の未来へと重なっているようにも思えました。

そんな「物語のあるお酒を造る」という想いは、蒸留所の建屋のデザインにも表れております。

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かっこいい建築
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石積みの壁は隣の半泊教会の石塀と連続するようにデザインされている

ジンの起源については諸説ありますが、ヨーロッパの修道院で薬酒として処方されていたというのが、今のジンに至るルーツと考えられております。
こちらの建屋は製造棟をぐるりと回廊が囲うデザインとなっており、これは修道院をイメージしたものとのこと。かっこいいですね。

またボトルのデザインにもこだわりが詰まっております。
「椿の花でアロマを包み込む」ことをイメージしたデザインで、蒸溜所のすぐ前まで迫る半泊の海のカラーを再現したこちらのボトル。
2023年にはガラスびんアワードも受賞しており、蒸溜所のテーマである「慈しみ」を表現するのに大きな役割を果たしております。

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ゴトジンはボトルデザインもクール

商品を取り巻く環境に関してのお話を詳しく伺った後は、製造についてのお話もお伺いします。

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世界に一つだけしかない特注のハイブリッドスチル。ラブリーなまんまる頭は椿の種をモチーフにしている

ゴトジンを製造するのに使用されるボタニカルは全部で17種類。
こちらの蒸溜所では、それぞれを単一で蒸溜したのちにブレンドするという製法を採っております。
使用ボタニカルをまとめて蒸溜するワンショット製法と比べると格段に手間のかかるやり方ですが、この方法によって「ボタニカルそれぞれの持つ最もいい部分だけを取ることができる」と言います。
使用するボタニカルによっては、蒸溜液の前半に好ましい香りのあるものもあれば、後半になるほど望むキャラクターが出てくるものもあります。
それぞれの最もいい部分だけを取り出すために、ボタニカルによってベーススピリッツの漬け込み度数を変えたり、カットポイントを変えたり、抽出方法を変えたり、加工状態を変えたりして、それぞれのシングルボタニカルスピリッツを生み出していきます。

この時に印象に残ったのは、門田さんの「それぞれのボタニカルスピリッツは絵の具のようなもの」という言葉。
「絵画を描くときに、使用する絵の具から自分たちで造っているという感覚です」とおっしゃっておりましたが、確かに同じボタニカルでも微妙な設定の違いによって出来上がるスピリッツの香りは異なる。絵の具に例えるなら、同じ「青」でも自分たちが欲しい「青」を自らチューニングして造り上げるということですね。そうして一つずつ造り上げた絵の具で、自分たちの作品を描いていくという感覚ですね。白って200色あんねんって言いますからね。同じボタニカルを使用しても、そのボタニカルの「どこ」を「どのように」取り出すかで、絵の具のカラーは変わってきます。すごく緻密な計算が必要な作業であることは言うまでもありませんね。

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300リッターのまんまる頭のスチルの隣には50リッターのキュートなスチルも。ボタニカルによって両方のスチルを使い分けている

「使用するボタニカルの最も良い部分を取り出す」というこだわりは、ジンの核であるジュニパーベリーのスピリッツを取り出す工程で最も顕著に表れます。
ボタニカルから香りを取り出す場合、そのボタニカルに乾燥や粉砕といった加工を施すことで特定の香りを取り出しやすくすることがあります。
特にジュニパーベリーのように油分の多いボタニカルは、その加工状態によって取り出せる香りや製品に与える質感に大きく影響を与えると考えられていて、ホールのまま使用したり粉砕して使用したりと、さまざまな加工状態を試した結果、行き着いたのが「一文字割り」という方法。
モルトミルを改造したマシンで、一粒一粒を割ってから使用することで、辛みの少ない澄んだ香りが抽出でき、さらに、そうして抽出した蒸溜液のハートの部分を前半と後半に分けてそれぞれ使用しております。これも、同じハートの部分でも前半と後半では香りが異なるからで、すごいこだわりですね。めちゃ手間がかかってます。
他にも、ラズベリーは漬け込みとヴェイパーインフュージョンそれぞれの手法で取り出したスピリッツを別々に使用していたり、キーとなる椿の種は軽く炒ってから使用したりと、めちゃめちゃ手間がかかってます。それもこれも全て理想の「絵の具」を手に入れるためですね。「香りだけ欲しいのは蒸気蒸溜で、香りも味も欲しいのは漬け込みで」と、それぞれのボタニカルの役割を明確にしながら慎重にボタニカルスピリッツを取り出していきます。

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そうして出来上がった「絵の具」を貯めるタンク

使用するベーススピリッツはサトウキビ由来のニュートラルスピリッツ。
ベーススピリッツはキャンバス。なるべく真っ白なものの方がいい」とおっしゃってましたね。真っ白なキャンバスに、一つずつ丁寧に造った絵の具を使用して「ゴトジン」という絵画を描いていく。その手法が「ブレンド」というやり方だということですね。「風景のアロマ」というモチーフとも繋がります。

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限定のシリーズ「空よ、雲よ」のボトルたち。ラベルは山本二三さんの絵画が使用されている

そのコンセプトは、蒸溜所の会員向けに2ヶ月ごとにリリースされる限定商品「空よ、雲よ」にも引き継がれております。
スタジオジブリの美術監督を務めた五島出身の山本二三さんとのコラボ商品で、山本二三さんが描いた五島の風景画をもとに、蒸溜所が彼らの「絵の具」で再構築したシリーズということができますね。五島の美しい風景をラベルに、そのラベルが表す「風景のアロマ」をボトルに閉じ込めたシリーズで「絵画を描くようにジンをブレンドする」というコンセプトが反映された限定ボトルです。いけてますね。

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製造棟に飾られているステンドグラス。五島の景色を背景に椿のつぼみをモチーフにしたロゴマークが描かれている

製造の詳しいお話を聞いた後は、それぞれのボタニカルスピリッツも試飲させていただきます。

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贅沢な飲み比べだ

お話を聞き、その上でそれぞれのボタニカルスピリッツを味わうと、ゴトジンを構成するそれぞれの要素がより浮かび上がってくるように感じますね。
キーとなる椿の種は単体では目立つ香りを持たないですが、それゆえに全体を下支えする役割があり、全体をまとめる効果があります。
門田さんも「上五島だけで500万本も椿がある。これは潜伏キリシタンの方が生活のために植えたから。それぞれの素材を慈しんで取り出したスピリッツに調和をもたらすのが椿の種で、五島の風景と歴史、そして精神性をボトルの中に表現するためにはなくてはならないボタニカル」とおっしゃっておりました。
キーボタニカルがもたらすものが「個性」ではなく「調和」である。キーボタニカルは「主役」ではなく「縁の下の力持ち」である、という考え方は、お互いが主張しすぎずに支え合うという姿勢と、そうして融和してきた半泊の人々の歴史にも重なりますね。
それぞれの主張があるボタニカルの香りを慈しみのボタニカルである椿の種が包み込み、その調和こそが風景のアロマを描き出す。
ゴトジンは、土地の歴史を蒸溜した物語をボトルに詰めているのであって、我々が手元のボトルの栓を抜いた瞬間、その物語が溢れ出すように造られているのだな、と強く感じました。

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蒸溜所前の半泊浦で。きめきめのネッシーさん。海が綺麗すぎる

また五島つばき蒸溜所は2025年の1月に再生可能エネルギー100%で稼働する国内初めての蒸溜所となりました。
門田さん曰く「五島自体が洋上風力発電に積極的で、ゆくゆくは五島全てを再生可能エネルギーだけで賄えるゼロカーボンシティを目指している」とのこと。これもまた、蒸溜所のテーマである「慈しみ」というワードとも呼応するようですね。

人々が支え合って生活してきた歴史と、豊かな自然を詰め込んだゴトジン。
もしあなたが、ゴトジンの持つ風景のアロマに魅力を感じたのなら、ぜひ一度五島を訪れてみてくださいませ。美味しいご飯もたくさんありますからね。
歴史を感じて、美しい自然を眺め、美味しいご飯を食べた上で味わうゴトジンからは、きっともっと豊かな物語が浮かび上がってくることでしょう。

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翌日ネッシーさんは原付を借りて島の観光をしていたよ。最高だね