Beefeater Gin(ビーフィータージン)誕生から現在までの歴史を徹底深掘り!!

ビーフィータージン」。ジンにおけるトップブランドとして。また、ロンドンドライジンの代名詞としてあまりにも有名なブランドですね。

世界で流通しているジンの中でもトップレベルのシェアを誇っており、170カ国以上で流通しており、最も受賞歴の多いジンとして世界中で愛されています。

近所のコンビニやスーパーでも気軽に入手できるほど身近なジンで、赤い服を着ているおじさんが描かれているボトルは、お酒に興味が無い人でも一度は見たことがあるのではないでしょうか。

その様なお手軽感にもかかわらず、バーに行くと様々なジンベースのカクテルに使用され、超有名店においてもジンはビーフィーターをメインに据えているという程、プロ御用達であるジンです。

ビーフィーターが生まれたのは1800年代。一人の薬剤師によってレシピが作られたのがきっかけでした。

誕生から150年以上経ち、2010年頃から始まった百花繚乱のジンブームを経た現在でも、その存在感が色褪せることはありませんでした。

今回の記事では、ビーフィーターが誰によってどの様に産み出されたのか。そして、どのようにジンの歴史に名を刻んできたのかを徹底解説します!

150年以上変わらぬレシピ

ビーフィーターについて語られる時に良く言われるのが、創業以来150年以上の間、変わらぬレシピで造られているということです。

ボタニカルを蒸留する前に、24時間アルコールにボタニカルを浸漬させて風味を抽出する製法。また、ロンドンドライジンの礎となるようなボタニカルを使用したこと。当時は全てが革新的でした。

【ボタニカル】

ジュニパーベリー、アンジェリカルート、アンジェリカシード、コリアンダーシード、リコリス、アーモンド、オリスルート、セビリアオレンジ、レモンピール

ジュニパー、アンジェリカ、コリアンダー、レモンピールなど、現在でも数多くのジンに使用されているボタカルの中でもメインとなる素材。そして、スペイン産・セビリア地方のオレンジを使用したことも革新的でした。

ロンドン塔の衛兵 = ビーフィーター

ビーフィータージンの歴史について解説する前に、誰もが気になるラベルのデザインについて説明させてください。

ラベルに描かれている赤い服を着たおじさんは誰?

ビーフィーターのイメージと言えば、赤い服を着て片手に槍を持ちながら歩いているおじさんですね。この人物は特定の1人の人物がモデルになっているのではなく、「ロンドン塔の衛兵隊 = ビーフィーター」をモデルとしています。

衛兵隊の歴史は1485年から始まります。ヘンリー7世がテューダー朝を創立して絶対王政を敷いた時代、王の衛兵隊としてビーフィーターが結成されました。そして、ロンドン塔は重要囚人を収監する場所となり、ビーフィーターはその囚人達を護衛するガードの役割を命じられます。

また、「戴冠用宝玉 = クラウン・ジュエル」を守る役目もありました。ジン好きの方ならピンとくるかもしれません。そう、「ビーフィーター・クラウン・ジュエル」というプレミアムジンはそこから名付けられたのですね。

現在では囚人の護衛という役割はなくなり、王室の式典のガードとしての役割や、観光名所となったロンドン塔のツアーガイドとなっています。

ビーフィーターの名前の由来は?

ビーフィーターは英語で書くと「Beefeater」。

Beef Eater = 牛肉を食べる人」という意味になります。ビーフィーターは通称であり、実際には下記の様なとても長い正式名称があります。

『The Yeomen Warders of Her Majesty’s Royal Palace and Fortress the Tower of London, and Members of the Sovereign’s Body Guard of the Yeoman Guard Extraordinary』

それを短縮して「The Yeomen Warders = ヨーマン・ウォーダーズ 」と一般的に呼ばれており、ビーフィーターは通称ということになります。

なぜ「肉を食べる人」と名付けられたかは、いくつかの説があって、これだという確かな説は無いそうです。有力な説としては、

  • 彼らの給金の代わりに、当時はとても貴重だった牛肉が支給されていたため。
  • 王との食事の際に好きなだけ肉を食べられたから。(現代のビーフィーターもその権利を保有しているそうですが、そもそもの王との食事の頻度は減ったそうです。)
  • フランス語の食事番(buffetier)という言葉から名付けられた。ヘンリー7世が毒殺されることを極度に恐れていたため、毒見役としての役割があったと言われています。

ビーフィータージンのラベルは、デザインチェンジが数年おきに行われていますが、衛兵は変わらず登場します。余談ですが、ヨーマン・ウォーダーズ はそれぞれの誕生日にビーフィータージンを一本プレゼントされるということです。

ビーフィータージンの歴史

ではビーフィータージンが、どのようにして時代を問わずジンを代表するようなブランドに成長してきたのか、その誕生から現在までを年表式に解説していきます。

創業者 James Burrough = ジェームス・バロー

ビーフィーターの歴史は彼の説明抜きでは語れません。ビーフィーターの産みの親として現在においてもその名が語り継がれており、彼の名前を冠したジンも造られています。

1820年

英国ロンドンのチェルシー・ケイルストリートに「Chelsea Distillery = チェルシー蒸留所」がオープン。のちにビーフィーターが造られる場所ですが、初期の段階では主にリキュールを製造するメーカーでした。この時代には、まだジェームス・バローは誕生していません。

1863年

カナダから帰国後、Taylor & Son社が運営していたチェルシー蒸留所を買収。会社名も「James Burrough,  Distiller and importer of foreign Liqueurs」に変更し、リキュールやフルーツジン、パンチ(混成アルコールの一種)を製造しながらお酒の輸入も行なっていました。

この頃にジェームス・バローが実験に実験を重ね、ビーフィーターの製法とボタニカルのレシピを考えたとされています。

1876年

会社は規模を拡大し、取り扱っているお酒の種類は年々増加。自社で製造しているいるジンも数種類あり、1876年の社内用の商品リストの中に「James Burrough London Dry Gin」「Ye Old Chelsea gin」といったジンと並んでビーフィータージンが記載されていました。

この時が歴史上始めてビーフィーターの存在が記録された時となり、一般的に、ビーフィーターが生まれた年として認識されています。

ジェームス・バローは、ロンドンならではのジンを造り上げたいという思いから、ロンドンの象徴であるロンドン塔の衛兵「ビーフィーター」をジンの名前に冠したとされています。

ジェームス・バローの死去 ビーフィーターを受け継ぐバロー・ファミリー

1897年

ジェームス・バローが死去。その後は3人の息子によって会社が運営されることになります。事業は好調で会社の規模は拡大をし続けました。

1907年

社名を「James Burrough Ltd. 」に変更。

1908年

ロンドンのランベス・ハットンストリートに蒸留所を移転。蒸留設備も最新のものを設置して、お酒の製造規模も格段に上がりました。

蒸留所の名前は、かつてのチェルシーのケイルストリートの場所の名前を残して「Cale Distilley = ケイル蒸留所」と名付けられました。

1917年

ジェームス・バローの孫のエリック・バローが取締役に就任。

ビーフィータージンはそれ以前からも少量の輸出はされていましたが、彼の代にアメリカへの輸出が正式に決まります。

1948年

エリック・バローの従兄弟のアラン・バローが取締役に就任。

ビーフィーターの輸出を更に積極的に推し進め、ビーフィーターを世界的なブランドにした立役者とされています。

ロンドン・ケニントンに蒸留所が移転 現在まで続くビーフィーターの蒸留所に

1958年

ビーフィータージンが世界中に輸出されるようになって更なる生産力が必要となりました。そこで、ロンドンのケニントンにあったかつてのピクルスの工場を買い取って、巨大な蒸留所を建造し移転します。

現在も「Beefeater Gin Distillery London = ビーフィーター・ジン蒸留所」として稼働しており、ジェームス・バローが使用していた初代の蒸留器も含め、合計7基の蒸留器が設置されているというから驚きですね。

1961年

James Burrough Ltd.が、世界中で2番目に大きいジンの輸出会社となる。ビーフィータージンの65%は輸出用に製造され、1966年においては、英国から輸出されるジン全体の50%以上がビーフィーターであったという記録があります。

カクテルが盛んなアメリカでは、マティーニのベースのジンとして多く用いられ、アメリカ内で流通しているジンの3/4をビーフィーターが占めていたとされています。

ファミリービジネスの終焉 ~ Desmond Payne = デズモンド・ペインがマスターディスティラーに就任

1987年

ビーフィーターのブランドが、巨大ビールメーカーである「ウィットブレッド」に売却されます。この時をもって、100年近く続いたファミリービジネスとしてのビーフィーターが幕を閉じました。

1995年

後にビーフィーターのマスター・ディスティラー = 蒸留責任者に就任するデズモンド・ペインがビーフィーターの製造に参加。

彼はそれ以前にも「プリマスジン」の製造に25年間携わっており、現在までトータルで50年以上もの間英国の2大ジンブランドに携わっており、まさにジンの象徴の様な人物ですね。

2005年

ビーフィーターのブランドがペルノ・リカール社により買収される。

同年、デズモンド・ペインがマスター・ディスティラーに就任。現在でもビーフィーターのクオリティーを司っている重要な人物であり、「Mr. Beefeater = ミスター・ビーフィーター」とも呼ばれています。

彼は、蒸留所に搬入されたボタニカルの吟味、製造されたジンの最終チェックという重要な役割をこなしながら、革新的なジンの開発も推し進めていくことになります。

2008年

ビーフィーターのプレミアムバージョンである『ビーフィーター24』がリリースされる。デズモンド・ペインによりレシピが開発されており、彼が現在のビーフィーターの象徴であるということを世に知らしめることになります。

2013年

ビーフィーター・バローズ・リザーブ』がリリースされる。このジンは、ジェームス・バローが最初期に使用していた蒸留器を使用して、なおかつ樽で熟成されています。

2015年

ビーフィーター ロンドンガーデン ジン』がリリースされる。ビーフィーターにハーバルなエッセンスを加え、た、ブランドの新境地の様なジンです。

2018年

デズモンド・ペインが、MBE = 大英帝国勲章 Most Excellent Order of the British Empireの名誉を授かる。いちジンの造り手として、個人がこの様な名誉を得ることは価値あることと言えるでしょう。

ビーフィータージン 6選

ビーフィーターのブランドは、ロンドンドライジンを中心にジンの伝統の象徴でありながら、それと同時に、実験的な精神で変化し続けてきました。

特に、デズモンド・ペインがマスター・ディスティラーになってからは、様々なフレーバーのジンがリリースされています。

そこで、日本で入手することのできる(一部は入手困難の可能性あり)ビーフィーターを6種類ご紹介していきます。

Beefeater London Dry Gin : ビーフィーター ロンドンドライジン

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150年以上変わらないレシピで造られるビーフィーターのレギュラーボトル

「ゴードン」「タンカレー」「ボンベイサファイア」と並んで、いわゆる「4大ジン」と呼ばれています。

9種類のボタニカルによって演出されるドライさ、柑橘の爽快感、かすかな甘味など、バランス感が素晴らしいジンですね。ストレート、ジントニック、またカクテルのベースとしてどのように飲んでも間違いなく極上の味です。

ちなみに、現行品はアルコール度数が40%と47%の2種類があり、ライトな口当たりのものとガッツリアルコールを感じたい時で、シチュエーションにワケて楽しむことができます。

Beefeater Pink Strawberry Gin : ビーフィーター ピンク ストロベリー ジン

開成屋
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オリジナルレシピのビーフィーターの完成後にイチゴが漬け込まれ(浸漬)ています。

イチゴから溶け込んだピンク色が目に鮮やかで、ビーフィーターのドライさと柑橘を活かしながらも、フルーティーな演出が特長的です。

一見、ロンドンドライジンの象徴であるビーフィーターのイメージとは違いますが、ジェームス・バローはこのような「フレーバージン」を大量に試行錯誤して造っていた人物。むしろ、ビーフィーターの原点に立ち返って来たとも言えるのではないでしょうか。

日本にはまだ正規輸入はされてませんが、近年、ストロベリーの他にもフレーバージンが立て続けにリリースされており、「ルバーブ&クランベリージン」「ブラッドオレンジジン」「ピーチ&ラズベリージン」「ブラックベリージン」など魅力的なボトルが続々とリリースされています。

Beefeater 24 : ビーフィーター24

2008年にリリースされたビーフィーターのプレミアムバージョンです。デズモンド・ペインは、それまでに蒸留家として40年というキャリアを持っていましたが、初の自身によるレシピで造ったという記念碑的な一本となります

彼が日本に滞在している時に、日本のトニックウオーターを用いてジントニックを作った際に、苦味に物足りなさを感じ、そこに緑茶を加えてみたことによって驚く様な変化が見られたことがきっかけとなりました。

ビーフィーターのオリジナルの9種類のボタニカルに、日本の煎茶、中国緑茶、グレープフルーツピールを加えることによって、ビーフィーターの風味に更に奥深さが加えられています。

赤と黒を基調としたボトルもとても美しく、ビーフィーターというブランドが新たなステージに立ったという意志の表明のようなジンです。

Beefeater London Garden Gin : ビーフィーター ロンドンガーデン ジン

ビーフィーターのオリジナルの9種類のボタニカルに、ハーバルなエッセンスが加えられたジンです。

ケニントンの蒸留所の近く、ロンドンのアポセカリーズ ガーデン (チェルシー フィジック ガーデン)で育てられたレモンバーベナとタイムをボタニカルとして追加。

リリースされた2015年当時は、クラフトジンブームが花開いていた頃で、ヨーロッパで数多くのハーバルなジンが生まれていました。時代の流れに乗りながらも、ビーフィーターの良さも活かした素晴らしいジンですね。

Beefeater Burrogh’s Reserve : ビーフィーター バローズ リザーブ

初リリースは2013年。ビーフィーターのオリジナルの9種類のボタニカルを使用し、完成したジンを樽で熟成して仕上げられたジンです。

2013年のバージョンでは、食前酒として有名なフランスの甘味果実酒「ジャン・ド・リレ」の樽で熟成。2016年のバージョンでは、ボルドーの赤ワインと白ワインのオーク樽で熟成させ2種類のお酒をブレンドして造られました。

樽熟成させることによってジュニパーベリーの松の様な風味が増強され、柑橘もまろやかに感じることができます。樽由来のフルーティーさも感じさせる、熟成ジンの最高峰の一本であると言えるでしょう。

他にも特徴的な点として、ジェームズ・バローが19世紀にチェルシー蒸留所で使用していたオリジナルの蒸留器「スティルNo.12」で蒸留されているということが挙げられます。

この蒸留器は一回の蒸留で造ることのできるジンが268リッターと少なく、移転後の蒸留所では使用されずに保管されていましたが、デズモンド・ペインが復活させ、ジェームス・バローへのオマージュとして造ったジンです。

Beefeater Crown Jewel : ビーフィーター クラウンジュエル

オリジナルの9種類のボタニカルにグレープフルーツピールを加えることによってさらに柑橘の爽快感が増したプレミアムジンです。

最初のリリースは1993年。当初は免税店のみで購入することができるボトルでした。

当初は王冠がラベルに描かれたシンプルな透明のボトルでしたが、2011年に大幅にボトルデザインを変更。

ロンドン塔に数百年も生きているという伝説上のレイヴン = 大ガラスの絵が印象的な、紫色のプレミアム感のあるボトルに変更となりました。この大ガラスがロンドン塔から去ってしまうと王国が滅ぶという言い伝えがあります。

2022年にリリースされたボトルでは再度デザインが変更されており、赤いボトルに金色と黒で描かれたレイヴンが美しい気品溢れるデザインとなりました。

引用

Beefeater Gin : 日本公式サイト
Beefeater 24 : 日本公式サイト
Beefeater Pink Strawberry Gin  : 日本公式サイト
Beefeater : London Garden
Beefeater :  Burrough’s Reserve
Difford’s Guide : Beefeater Burrough’s Reserve Gin
Difford’s Guide : Beefeater Crown Jewel London Dry Gin
Beefeater Gin : History
Beefeater Gin : WELCOME TO THE HOME OF BEAFEATER GIN
HISTORIC ROYAL PALACES : THE STORY OF THE TOWER OF LONDON
Difford’s Guide : History of Beefeater Gin
稲富博士のスコッチノート : 第83章 ロンドン・ジン-2ビーフィーター
Let’s look again : GINERAL KNOWLEDGE A HISTORY OF BEEFEATER
The Telegraph : Alan Burrough
Diffords’ Guide : The History Behind Hayman’s
LosAngels Times : Brewery giant Whitbread & Co. PLC of…
gin Magazine : My Gin Life with… Desmond Payne, Beefeater