東京・深川エリア。
清澄白川や門前仲町、富岡、森下、木場などを含む江東区の地域で、古くからの歴史がある街並みがある一方でトレンドを取り入れたカフェなども立ち並び、新旧のカルチャーが融和しているエリアです。
お祭りも盛んで人情味のある繋がりも強く、お互いに助け合いながら活気のある町を作り上げています。
そんな深川地区に『深川蒸留所』が2023年にオープンしました。深川蒸留所は地域の人の繋がりから生まれた蒸留所で、創設の裏には人々の結びつきのストーリーがありました。
自社で製造した「ニューツブロ蒸留器」を使用してお酒造りをしていることも非常に特徴的ですね。
今回の記事では、そんな『深川蒸留所』のストーリーに焦点を当てて解説していきます。
お話を伺ったのは、深川蒸留所に関わる3名。関谷理化株式会社の代表・関谷幸樹さん。ジンとカレーに特化したダイニングバー『BAR NICO』の小林幸太さん。蒸留責任者の瀧徹和さんです。
深川地区の理化学問屋から始まった
深川蒸留所の最大の特徴の一つとして「理化学」と「蒸留酒」の結びつきがあります。
まずは、深川蒸留所の運営をされている「リカシツ株式会社(関谷理化株式会社が運営)」代表の関谷さんのストーリーからご紹介していきます。
関谷さんは、90年の歴史を持つ関谷理化を祖父から受け継ぎました。関谷理化は化学のビーカーやフラスコなどのガラス製品の問屋であり、製品以外にもガラス素材を仕入れて職人さんに販売したり、その素材を元に職人さんが加工をした製品を販売したりなど、主にプロ向けに事業を行っていました。
近年では職人の世界も高齢化が進み、少しでも若い人を増やしたいとの思いから、リカシツ株式会社を立ち上げ、「リカシツ」というお店を開きます。リカシツは理化学用品とインテリアの融合というコンセプトのお店で、オシャレな空間に家庭で使用できるビーカーやフラスコなどの理化学の製品が雑貨のように並べられ、一般のお客さんでも理化学を身近に感じることができます。
そして、その中の製品の一つに「リカロマ」という卓上蒸留器があり、それこそが蒸留所設立のきっかけとなったものでした。
リカロマは、家庭でハーブからアロマ水やアロマオイルを気軽に作ることができる小型の蒸留器で、シンプルな構造やIHヒーター対応で使い勝手が良く、専門的な蒸留という分野においては画期的な開発でした。
関谷さんはリカロマを広める場所として、2018年に「理科室蒸溜室」をオープンし、そこで、職人の作った水出し装置で5-6時間かけてゆっくり落とした水出しコーヒーの提供を始めます。
そして月に一度、季節のハーブを蒸留するワークショップを開いており、一般の方にも蒸留水とそこからできるハンドクリームや蚊取線香を作ってもらうという活動もしています。
最初のうちは、アロマの先生や女性の方が多かったそうですが、シェフやパティシエの方など、次第に男性の参加者の方も来られるようになりました。そして、アロマウォーターを使ったカクテルを作りたいというバーテンダーさんも参加するようになり、次第にお酒の業界とも繋がりもできるようになってきます。
お酒とのつながりの一つの大きなきっかけとして、フライングサーカス(渋谷にある日本最大級のジンを取り扱うレストラン / ジン専門店)の三浦武明さんがワークショップに参加されたことがあり、三浦さんも蒸留や香りということに非常に興味がある方なので、ゆくゆくは関谷理化で三浦さんの蒸留所の蒸留器を作ろうという話に発展していきました。
ジンのスペシャリスト
そして関谷さんと同じく、深川蒸留所の運営の一人である小林さんをご紹介していきます。
小林さんが運営されている『BAR NICO』は清澄白河と森下の中間にあり、カレーとジンを専門に提供しているダイニングバーです。
現在では一軒の「ミドリの建物」に3店舗が分かれて営業しており、カレーとジンの『NICO 25 TO GO(ニコ・トゥーゴー)』、酒屋の『ニコ酒店』、バースタイルの『BAR NICO』という風に、様々なスタイルでお酒を楽しめるスペースとなっています。
小林さんがジンに興味を持ち始めたのが2010年代中ごろ。その頃の日本ではまだまだクラフトジンは認知度が低い状況でしたが、小林さんはジンに注目してボトルを集めるようになりました。日本のクラフトジンのカルチャーの中でも、最初期からクラフトジンに注目してきた人物として確かな知識を持っています。
小林さんがジンに注目するようになり、その同時期に関谷さんのリカシツがオープン。更に同じようなタイミングで清澄白河近辺に多くのカフェがオープンすると、深川エリアはメディアからも注目され一躍人気となりました。
その中で「地域の盛り上がりを流行りで終わらせたくない、街をもっと好きになってもらおう」という目的から作られた地域のイベント「︎コウトーク」にゲストスピーカーとして登壇し、そこで関谷さんと小林さんがお互いを知ることとなります。
そこから次第に、お二人やそこで知り合った他のスピーカーも運営側に立つようになり、深川エリアの盛り上げに力を注いでいくようになりました。
そして、小林さんと関谷さんが『アルケミエ辰巳蒸留所』の辰巳祥平さんと知り合ったことをきっかけに、蒸留所建設に向けてストーリーが進んで行くこととなります。
完全オリジナルの『ニューツブロ蒸留器』
深川蒸留所の最大の特徴として、自社で製造した蒸留器『ニューツブロ蒸留器』があります。
蒸留所運営においては、飲料製造装置専門のメーカーから蒸留器を仕入れることが一般的ですが、深川蒸留所は、運営に携わる会社が自社で蒸留器を製造したということが他に類のない特徴ですね。
それでは、ニューツブロ蒸留器の誕生までのストーリーをご紹介します。
アルケミエ辰巳蒸留所にインスピレーションを受けた蒸留器
東京・虎ノ門ヒルズ内に『虎ノ門蒸留所』という蒸留所があります。蒸留責任者を務める一場鉄平さんは、深川にある小料理と蒸留酒のお店『かまびす』も運営しており、同じ深川エリアの仲間として知り合いの間柄でした。
一場さんは虎ノ門蒸留所の蒸留責任者になるにあたり、岐阜県の郡上八幡にある蒸留所『アルケミエ辰巳蒸留所』の辰巳さんの元で修行をされてきたという経験があります。日本のクラフトジンの中でも異彩を放つカリスマ的な人気の蒸留酒『アルケミエ』はご存じの方も多いことでしょう。
関谷さんと小林さんは、一場さんを通じて虎ノ門蒸留所の周年イベントで辰巳さんと出会い、そこから、辰巳蒸留所で行われるボタニカルの皮むきに誘われた二人は、早速次の週に蒸留所を訪れ『カブト釜蒸留器』を目の当たりにすることになります。
辰巳蒸留所にあるカブト釜蒸留器の構造は非常にシンプルで、外側が杉になっており、釜の上部に蒸気を受ける銅板があり、そこから中心に落ちた水滴を受ける受け皿からステンレスの管を通って、蒸留されたお酒が蒸留器の外に送られるという形です。
関谷さんはそれを見た際に、「シンプルな構造の蒸留器でこんなお酒が出来ているんだ」ということに驚き、自身が作っているリカロマと構造的に近いと感じ、理化学の見地からこれをスケールアップしたら蒸留器ができるのではないかという思いを抱きました。
そして、お酒製造用の蒸留器を作ることができれば、理化学ガラス職人さん達にとっても新たな仕事を生み出すことができる、という点も動機の一つとなったということです。
2022年の1月頃から蒸留器の設計が始まり、器材と蒸留所の設備が揃ってから酒造免許の最終申請をして免許を取得。その間に、蒸留責任者の瀧さんが辰巳蒸留所に赴き蒸留の経験も積んできます。
そして2023年の2月23日。深川蒸留所に辰巳さんと一場さんという師匠と兄弟子を招き、ジンの初蒸留が行われ、最初のジンのリリースに至ります。
ツブロ式とは?
蒸留器には世界中で様々な種類の蒸留器が存在しますが、その中でも深川蒸留所は『ツブロ式』という珍しい形状のものを採用しました。
ツブロ式の蒸留器はアジアの地域で古くから使われているもので、日本においては薩摩藩が使用している古典的な蒸留器です。焼酎を造る際に使われることが一般的ですが、ジン製造の場面で使われるのは初めてとのことです。
形の特徴としては、蒸留器の蒸気が立ち昇っていく部分にドームの様な形状のもの「ツブロ」が設置されており、そこに蒸気が昇って壁面に着いた時に液体に戻り、その液体がパイプを伝って外にあるタンクに運ばれるというものです。
近年の蒸留器では、蒸留釜から蒸気がパイプを伝って別の塔に設置されている冷却器=コンデンサーに送られる形状のものが多く、その様な形に比べても、ツブロ式はある意味原始的とも言える仕組みと言えるでしょう。
深川蒸留所のニューツブロ蒸留器は、ツブロの部分が冷却器になっており、それでもコンデンサーに送る蒸留器よりは冷却の速度はゆるやかなもので、ゆっくりと温度を下げていくことによって、お酒の質を違ったものにしようという狙いがありました。
蒸留器のボディーのガラスの部分は200Lのチェコ製のフラスコを加工したもので、他にも部分には日本製のガラスを使ったり、ドイツ産の素材を使ったりと、ガラス製品の問屋としてのオリジナリティーがふんだんに盛り込まれています。
冷却槽の真下にはボタニカルバスケットが設置されており、蒸気を通して、高温では香りが飛んでしまうような繊細なボタニカルから香気を抽出することができます。
シンプルな構造ながら様々なこだわりが詰め込まれたニューツブロ蒸留器。現在はもう一台作られ、その二号機は辰巳蒸留所にカブト釜蒸留器と並んで設置されています。子弟のつながりの強さを感じさせとても素晴らしいですね!
『FUEKI(フエキ)』 深川地域を反映したクラフトジン
名前の由来
蒸留所の名前は、深川地域で始まった事業という理由から「深川蒸留所」ということで早くから決まっていました。そして第一段でありレギュラージンとして『クラフトジン “FUEKI(フエキ)” 』をリリース。その名前の由来にも深川ならではの深い理由があります。
江戸時代の俳人・松尾芭蕉は「奥の細道」という紀行文を残したことで有名ですが、奥の細道のスタートの地が深川だったということはあまり知られていないのではないでしょうか。
松尾芭蕉の俳諧は「不易流行」という理念を持って作られており、変わらぬものがありながらも新しいものを取り入れていくというもので意味で、そこから『 “FUEKI(フエキ)” 』と名付けられました。
材木場が多く古い建物が今でも残っている街とそこに住んでいた地元の人達。そこに新しいトレンドが入り、新旧が融合して街を形作っているカルチャー。FUEKIという名前は、そんな深川エリアの現在を表している素晴らしいネーミングです。
芭蕉ゆかりの地ということで深川の街には芭蕉の銅像も点在しており、FUEKIの名前の由来を聞くと地域の人が愛着を持ってくれるという点も地元の人から愛される所以でしょう。
ボタニカル
FUEKIに使われている素材も、深川地区の特性を反映しているものとなっています。
研究段階でボタニカルのレシピを色々試し、「深川めし」にちなんでアサリもトライしたこともありますが、最終的にアサリを採用するという案は見送ったそうです。
深川エリアには「木場」の町も含まれており、運河や水路が張り巡らされた土地柄から材木問屋が多く軒を連ねる地域でした。
その木場にある材木屋・長谷川萬治商店から『青森ヒバ』を譲ってもらいボタニカルに用いたことによって、ウッディーな香りが心地よいジンが出来上がりました。
その他にも、とても珍しい国産のベチバーを使っていたり、長野県産の青紫蘇や高知県産の蒸し生姜など、ジュニパーベリー以外のボタニカルが全て国産で構成されています。非常にバランス感が高い仕上がりとなり、様々な表情を見せてくれるジンですね!
ラベル
FUEKIのラベルもとても特徴的です。ボトルの正面にはラベルが無く、裏側にだけラベルが貼られており、正面から覗いた時に液体を通して液面側に描かれたデザインを見ることが出来るという珍しい形です。
ラベルには「水しぶき」が描かれてますが、この一見シンプルなデザインにも深川らしさが表されています。
深川エリアはお祭りが盛んなエリアでもあり、「深川祭」は江戸三大祭りの一つとして有名なお祭りです。お神輿を中心として放水車で水をかける「水かけ祭り」の風景から、水しぶきを写真で撮って千分の一くらいに拡大した模様がラベルにデザインされています。
前述した「︎コウトーク」では、4人目のスピーカーが必ずお祭りの関係者が登壇することになっており、このラベルデザインからも蒸留所と地域の繋がりが見えてきて、地域に根差したジンとして素晴らしい試みですね!
季節の素材を使った『深川ツブロ』
深川蒸留所はレギュラージンのFUEKIの他に、『深川ツブロ』というシリーズがあります。深川ツブロには、季節のハーブや果物などがボタニカルとして使用されており、1ヵ月から2ヵ月に一本のペースでリリースされています。
深川ツブロのシリーズは、福岡県産の苺 = 紅ほっぺをメインボタニカルとした『苺』と、山梨県産の薔薇 = ダマスクローズの『薔薇』から始まり、富山県産の『薫衣草(ラベンダー)』、岐阜県産の『加密爾列(カモミール)』など、自然由来の香りを抽出したつくりで、非常に香り高い仕上がりとなっています。
他にも、深川エリアはカフェや珈琲屋が非常に栄えており、コーヒーの出し殻を使った『珈琲』や、紅茶専門店から仕入れた茶葉でできた『アールグレイ』など、地域の繋がりを感じさせるフレーバーもリリースされています。
苺と薔薇においては、ニューツブロ蒸留器とはまた別に、小型のロータリーエバポレーターの減圧蒸留を利用して繊細を香味を抽出し、ニューツブロ蒸留器と併用して、酒質の違うお酒をブレンドして造られています。
実際にボタニカルを生産する農園に足を運んだりしているので、ボタニカルの生産者との繋がりがとても深く、この様な面でも人情味を感じることができますね。
気になった方はオープンデーへ
深川蒸留所についてのご紹介記事いかがでしたでしょうか。
理化学、蒸留、深川の人の繋がり、ボタニカル生産者との繋がり、その全てが揃って素晴らしい蒸留所が誕生し、そこから生み出されるジンは非常に温かみに溢れています。
深川蒸留所では、毎月一度の予定で大安の日にオープンデーが開かれています。この日には試飲スペース「奥の澄」 が開かれ、そこでニューツブロ蒸留器を眺めながらジンを飲むことができます。
さらに深川蒸留所について知りたい方は、オープンデーへ足を運んでみてはいかがでしょうか!
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