ご存知スコットランド出身のUMA(Undoubtedly Magnificent Animal)。
吉祥寺The Wigtown に時折現れる。趣味は蒸溜所巡り。好きなジンはロックローズ
スコットランド出身のネッシーさんが日本国内のクラフトジン製造所をめぐる『ネッシーさんの!突撃!隣の!クラフトジン製造所!』。
記念すべき第一弾となる今回は、東京から新幹線で3時間ほど。
到着した金沢駅から、車で20分ほどでたどり着くのは、日本海を臨む醤油の町「大野」。
20軒を超える醤油蔵が密集し、創業100年を超える蔵など歴史ある建物が並ぶ一帯に突然現れる、コンクリート造りにビビッドな赤い扉が映える建物が、今回の目的地「Alembic大野蒸留所」です。
2022年8月に初めての商品となるクラフトジン 「HACHIBAN」をリリースしたばかりの蒸留所。
代表の中川さんは、料理人だったお父さんの影響で”食”に興味を持ち、商社やクラフトビールメーカーなどでの勤務を経て、今回の蒸留所を立ち上げたという人物で、製造から営業まで、すべてお一人でやられているというエネルギッシュなお方です。
降ったり止んだりのスコティッシュウェザーの中、建物の中に案内していただくと、ガラス越しにピカピカと輝く銅製のスチルが目に飛び込んできます。
こちらの空間はパブとしても営業しており、営業日にはスチルを眺めながらジンを楽しむこともできるんだそう。
人手が足りなく、営業日は月に3、4日しか取れないということですが、今後はボトルショップも併設して、この場で造っているクラフトジンの購入もできるようになるそうです。
ご挨拶も終えて、まずは商品の試飲をさせていただきます。
ブランド名の「HACHIBAN」というのは、試作品の8番目となるレシピ番号から。
「『シャネルの5番』と同じ理由です」というのに加えて、使用するボタニカルが8種類だったことや、8は末広がりで縁起がいいから、などの理由もあるそうです。ラベルデザインも「8」をデザイン化したもので、海外でもすぐに認識してもらえるようなデザインを意識したと。また、今後は石川県の伝統工芸でもある漆塗りのボトルをリリースする構想もあるんだそうで、なかなかにイケてる感じがしますね。
使用しているボタニカルは8種類。
〈ジュニパーベリー、コリアンダーシード、アンジェリカルート、カシア、カカオニブ、瀬戸内産生レモンピール、オレンジピール、クロモジ〉
ベースはモラセス(糖蜜)を使用したニュートラルスピリッツですが、これは近くライススピリッツに変更する予定があるとのことです。
早速いただくと、いわゆるロンドンドライスタイルのジュニパー主体のアロマの中に、クロモジ由来のウッディネスや爽やかなシトラスがバランスよく調和しており、またボディもかなりリッチ。当初はアーモンドなど油分の多いボタニカルも試したとのことですが、現在はカカオニブを使用するのに加えて、ジュニパーベリーを軽くつぶしてから投入することで、しっかりした質感を産み出しているとのこと。このジュニパーを潰す作業を、現在は手作業で行っているということで、つまりは、鈍器のようなものを振り下ろしてガシガシと潰していく。
「この作業が結構疲れるんで、近くミルマシンを導入しようか検討してます」と。一人、港町の倉庫(風の建物)の中で、鈍器のようなものを振り下ろし続けるという絵面に、そこはかとない事件の匂いを嗅ぎ取りながらも、にこやかにお話は続き、製造室へと案内されます。
製造室のドアを開けると、温めてくれていた店内とは異なった冷えた空気が身体を包み込みます。
部屋の中心からぐるりと360度回転してみるだけで、すべての設備を目に写すことができるような、コンパクトな蒸留所。タンクの数もごくわずかで、思っていたよりもずっとずっと小さな規模での製造を行っております。
部屋に入り、中川さんがまず見せてくれたのがこちら。
こちらのラブリーなスチルは試作品を造るのに使用していたもの。こちらの蒸留所はワンショットでの蒸留を行っており、つまりは、全部のボタニカルを放り込んで、一発で蒸留するという方法。いくつかの蒸留液を後でブレンドする方法と比べて蒸留後にバランス調整を行うこと難しいため、よりたくさんの試作が必要となってくるわけなんですが、そんな試作を大きなスチルで行っていては大変なので、そこで使われるのがこのラブリーなスチルなんですね。
こんな小さなスチルでお試ししたものでも、大きなスチルで再現できるんですね。
現在は定番商品の「HACHIBAN」のみの販売ですが、今後は地元産のボタニカルである実山椒やラベンダー、果ては醤油の町大野ならではの「醤油粕」を使用した限定品を製造する構想もあるそうで、わくわくしますね。
定番の「HACHIBAN」では、「金沢・大野発」というボタニカルの使用を大々的にアピールしている印象は少なく、昨今のクラフトジンが「地域の魅力を発信しよう!」という意識のもとにローカライズされることが多いことと比べると、随分と実直な造りを行っているように感じました。
そのことをお伺いすると「物語や地域の魅力発信ももちろん大事だけれど、それよりもまずは商品の品質で認められたい」とのお答えが。「初めて飲んだ方がおかわりをしたくなるジン」を目指しているとも仰っており、クラフトジンやクラフトスピリッツに初めて触れるという方にも飲みやすく、クラフトジンラバーの裾野を広げるような商品造りを意識しているとのことでした。
そのためにも、まずは定番となる商品の品質を認めてもらうことが重要で、その上で限定品では地域性の強い商品などをリリースしていくことを考えており、今年はUKやサンフランシスコといったスピリッツコンペティションへの出品も行っていくとのこと。「世界的なコンペでどう評価されるのかをみて、現在の立ち位置を確認したい」と仰っており、まずは王道のロンドンドライスタイルで、どこまで品質を認めてもらえるかに力を注いでいる様子でした。
スチルは中国製のハイブリッド。
バスケットも仕込める造りになってはいるものの、現在は浸漬してボタニカルの香味を取り出す方法のみ使用しているとのこと。
ベースとなるニュートラルスピリッツを50度まで加水してからスチルの中に張り、そこへ使用するボタニカルをすべて投入。中にボタニカルを残した状態のままでそのまま火にかけて蒸留。出てきた蒸留液を加水調整して貯留。ボトリングして出荷までの間は保留というわけで、これらの作業をすべてお一人でやられている。肉体的にもタフな作業である。
一回の仕込みでボトリングできるのは、500mlのボトルで大体800本くらい。
小規模ながら、文字通り”クラフト”されるジンにはたくさんのこだわりが詰まっております。
見学を終えて、百花繚乱の国産クラフトジンの中でこちらの商品が特別な存在になるとすれば、それはどういった理由かとお尋ねしたところ「それは“水”と”食“だ」というお答えが返ってきました。
醤油の町、大野は、白山山系の良質な水が豊富に湧き、また大野港があることで様々な食文化も発展した。金沢は加賀百万石の城下町であることを背景に、加賀料理や懐石、寿司などの食文化が豊かで、また、それらと合わせる日本酒の品質も非常に高い。
Alembic 大野蒸留所では、近隣の老舗醤油蔵から良質な軟水を提供してもらっており、長年地元の食文化を支えてきた良質な水を仕込み水として使用することで、より”食”との相性の良さが際立つ造りを行っている。
こうした土地の歴史と魅力を背景に「ソーダ割りで」「寿司と合わせることができる」「クラフトジン」というものを意識したということで、実際に市内の飲食店を中心に取り扱いが増えているとのことです。
「いつかは金沢中の寿司屋にうちのジンがある光景を見たい」
土地の文化と環境へのリスペクトを持ちつつ、王道のロンドンドライスタイルでまずは品質を認められたいという中川さんの姿勢は、まさしく「Think globally, Act Locally」という感じで、クラフトジンの地域化のあるべき姿のようにも感じました。
自らのルーツである”食”の世界に、クラフトジンという媒体で加わっていくAlembic大野蒸留所。
実直な造りと今後の展望、商品のクオリティと、あとワンオペでやっているというところまで含めて、大変魅力的で楽しい蒸留所でした。
当店での取り扱いもございますので、みなさんもどこかで見かけたら是非お試しになってみてくださいませ。冬の北陸で、お寿司と合わせるなんていうのも最高ですよ。
〒920-0331 石川県金沢市大野町4丁目ハ17
Photo by Toshimitsu Takahashi
サムネイル画像提供
ベーススピリッツについての解説記事はこちら:ジンの「ベーススピリッツ」とは