ジンのボトルの説明を読む際によく見る文書「〜のベーススピリッツを使用」「〜をベースに」「〜由来のアルコールでボタニカルを蒸留」。これはどういうことなんだろう?と思われた方も多いのではないでしょうか。
これらの文言は、いわゆる「ベーススピリッツ」についての説明です。しかし他の蒸留酒(ウイスキー、ラム、テキーラなど)では、ベースとなる材料はある程度決まっているのに、ジンのベーススピリッツに様々な種類があることを不思議に思いませんか?
それはジンが「ジュニパーベリーで風味づけされたアルコール度数の高い蒸留酒」であり、その他の条件である原料や製法などが自由であるという点にあります。それはベースとなる素材についても同じことが言えます。
ジンの特徴は製造方法やボタニカルの種類によって大きく変わってきますが、ベーススピリッツもジンの個性を左右する要因の一つです。
今回の記事では、そんなベーススピリッツの魅力についてご紹介していきます。
ベーススピリッツとは
一般的な製法
導入として、一般的な蒸留酒の製造工程についてざっくりと説明させてください。
まず最初に、農作物由来の素材のでんぷんを糖へと分解する糖化を行い、その糖を酵母によって発酵させます。そうして出来上がるのが、アルコール度の低い「もろみ=ウォッシュ」です。そのモロミを搾ったものが醸造酒と呼ばれるお酒で、お米ベースであれば日本酒、ブドウベースであればワインになります。
次の段階として、アルコール度数が低いモロミを蒸留器に入れて加熱。気化したアルコールを集めて冷却させたものが、高アルコール度数の「蒸留酒=スピリッツ」となります。
ジンの場合は一般的に、この最初の蒸留の段階でスピリッツのアルコール度数が96度前後まで高められ、クリアで風味にクセがない中性のアルコールが出来上がります。これが「ニュートラル・スピリッツ」と呼ばれるものであり、ジンのベースとして使用されるスピリッツです。
そのベーススピリッツに水を加え、アルコール度数を60度前後まで下げたのち、ジュニパーベリーとその他のボタニカルを漬け込んで「再蒸留」。そうすることによって、アルコールにボタニカルの風味が移ります。集められた蒸気を冷却→加水して40度前後のアルコール度数に調整されたものが完成形のジンです。
※例外として、再蒸留や冷却、ボタニカルの漬け込みなどの工程を経ないジンも存在しますが、今回の記事で述べた製法は、一般的なジンの製造工程としてご了承ください。
ベーススピリッツは「キャンバス」
ジン製造の工程でよく使われる例えが、「ベーススピリッツ=真っ白のキャンバス(Blanc Canvas)」「ボタニカル=色付け」というものです。ボタニカルの風味を際立たせるためには、ベーススピリッツはよりクリアである方が好ましいというということが言われています。
実際のところ、ベーススピリッツの素材が何であれ、アルコール度数が96度まで高くなると無味無臭に近いものが出来上がるので、素材の違いによって大きな差異は無くなります。しかしボタニカルと組み合わさった際に、繊細ではありますがベーススピリッツによる風味の違いは出てきます。
ベーススピリッツ=ニュートラルスピリッツ(中性アルコール)とは限らない
ニュートラルスピリッツは「アルコール度数が95%以上の濃度である」という定義があります。ジンの本場である英国やEUにおいて、「蒸留ジン」のベーススピリッツの「アルコール度数が96度である必要がある」というEU法の規定がありますが、それに照らし合わせると、EU内で製造されている蒸留ジンはニュートラルスピリッツを使用していると言えるでしょう。(他にも原材料についての規定等ありますが、今回はアルコール度数のみに焦点を当てています。)
裏を返せば、EU内でも「蒸留ジン」より規定のゆるい「ジン」という大きな括りや、EU法の枠外にある国々で作られるジンにおいては、必ずしもベースにニュートラルスピリッツが使用されているという訳では無いという訳ですね。
作り手が思い思いにレシピを考える小規模蒸溜所が増えていくにつれて、ベーススピリッツを自社製造している個性的なジンが近年増えてきました。特に日本ではEU法の縛りもなく、日本酒や酒蔵のメーカーがジン製造に参入することが多いということもあり、自社製造のベーススピリッツを使用してその風味を強く感じさせる、日本ならではというジンが数多く存在します。
蒸留器の違い
例えばモルトウイスキー製造の場合、「単式蒸留器=ポットスチル」と呼ばれる蒸留器が使用されます。この蒸留器は、一度の蒸留では高いアルコール度数を得られないものの、数度の蒸留を繰り返すことによってアルコール度数が上がっていくという仕組みになっています。最終的に40度-90度程のアルコール度数にまで上がり、素材本来の風味が強く出るスピリッツが出来上がるとされています。
それに対しジンの場合は一般的に、ベーススピリッツの蒸留→ボタニカルを加えての再蒸留という二段階の蒸留方法が採られており、使用される蒸留器もそれぞれに別のものが使用されます。
ベーススピリッツ製造の際には「連続式蒸留器(コラムスチル)」と呼ばれる蒸留器が使用されており、一度の蒸留で90度以上のクリアなスピリッツを精製することができます。
その後、ベーススピリッツにボタニカルを加えて再蒸留する際には、「単式蒸留器=ポットスチル」が使用されます。ボタニカルの風味がジンの最大の魅力の一つですので、そこで風味が飛ばない程度に70度前後まで蒸留されます。
この観点から見ると、ベーススピリッツの度数が96度である必要があるEU内の「蒸留ジン」については、コラムスチルでのベーススピリッツ蒸留が必須となります。その他の地域では、ベーススピリッツ製造にポットスチルを使用しても問題がないという訳ですね。
ジンの蒸溜所はベーススピリッツを自社生産しないメーカーが多い?
多くのジン蒸溜所はベーススピリッツを自社生産しないで、専門の製造業者から購入していると言われています。特にEUではその傾向が顕著とのことですね。
ニュートラルスピリッツを専門に製造して蒸溜所向けに製造しているメーカーも多数存在しており、小規模の蒸溜所にとっては、ベーススピリッツをその様なメーカーから調達するということは、コスト面において非常な恩恵があります。
①醸造の技術者・設備が必要
ベーススピリッツを製造するとなると醸造酒から作ることになるので、糖化から発酵まで含めた醸造の責任者と、醸造を行う設備が必要となる訳です。日本酒の酒蔵やビールメーカー、ワイナリーなどが新たにジンを作るとなった際にその様な問題は起こりませんが、小規模の蒸溜所から始めたジンメーカーにとっては、醸造のライセンスを取得したり技術者をリクルートするのも含め、一から始めるのはとても大変ですよね。
②連続式蒸留器は初期コストが大変
また、連続式蒸留器の導入コストが高くつくという点があります。連続式蒸留器は ”蒸留塔” とも呼ばれ、高さがとても高く、何段もの棚を通って蒸気が上へ上へと押し上げられていきます。規模の大きいもので十数メートルのものもあり、蒸留器自体の購入コストに加え、建物の規模感も大きいものではなくてはならないということになります。
③大手メーカーでも自社製造していない
施設の規模やコストの面から見て、小規模蒸溜所はベーススピリッツを外注することによってコストをかけなくて済むということがありますが、そんな問題とは無関係そうな大手ジンメーカーでもベーススピリッツは自社で製造しないパターンが多いと言われています。EUではその様な仕組みが根付いているそうです。
しかしまた状況が違う国々もあります。カナダの蒸溜所に聞いた話によると、カナダでは海外からの輸入に多額の関税がかけられたり、国内からの仕入れでも高い税金が課せられることもあり、多くの蒸溜所が自社でベーススピリッツも製造するとのことです。
アメリカでもベーススピリッツから自社製造する文化があるそうで、この辺りの事情は国や地域によって違ってきそうですね。
まとめ
ジンはボタニカルに焦点が当てられますが、ベーススピリッツを体系的にまとめた文献等はなかなか無く、色々な書籍やサイトから情報をかき集めて来て今回の記事を書きました。お楽しみ頂けましたでしょうか。
次回の記事では、例えば「大麦ベース」などなど、ベーススピリッツに使われる様々な素材についてご紹介していきたいと思います。
「ジンに使用される個性豊かなベーススピリッツ。原料いろいろ。」→ https://ginlab-japan.com/2402/
GIN DICTIONARY 洋書
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%92%B8%E7%95%99%E9%85%92
https://liquorpage.com/difference-potstill-patentstill/
https://gin-mag.com/2022/01/31/the-a-z-of-gin-base-spirit-distillation-neutral-grain-spirit/