ご存知スコットランド出身のUMA(Undoubtedly Magnificent Animal)。吉祥寺The Wigtownに時折現れる。趣味は蒸溜所巡り。街歩きYouTubeチャンネル『出没!ネス街ック天国!』構想中。
天気も良く、気温も20度に迫る陽気となった3月初旬。
神出鬼没のネッシーさんが次に突撃するのは、埼玉川越に2019年に誕生した武蔵野蒸留所です。
春の風を感じながら(吹き散らかる花粉に怯えながら)、吉祥寺から自転車で1時間半ほど。
畑が広がる川越市と狭山市の境界付近に見えてくるのが、武蔵野蒸留所を運営している老舗酒屋、マツザキさんの建物です。
創業1887年という歴史のある酒屋さん。暖簾の「心ゆさぶる酒がある」のコピーにすでに心をゆさぶられながら、見学開始です。
今回ご案内をしてくださった製造担当のスタッフさんにご挨拶をして、早速向かったのは蒸留所、ではなくその裏にある森です。
「みらいくの森」と名付けられたこの森。マツザキさんに先祖代々受け継がれた私有地を、10年ほど前から緑化活動区域として整備し、里山として活用しているとのことです。ナラやケヤキといった木材として加工しやすい樹木が林立しており、曰く「マツザキのご先祖が『万が一酒屋で食えなくなった時に将来の子孫が困ってはいけないから』と植えたもの」だそう。いざとなったら材木屋としてやっていけるようにってことですね。
将来の子供たちのことを想う視線というのは現在まで受け継がれており、現在この森は、都市部を中心とした保育施設などの「木育」の場としても活用されています。子供たちが自然に触れ合いながら環境の大事さを学ぶ場として利用されているとのことで、素晴らしい取り組みですね。
ご先祖様の心配をよそに、マツザキさんは酒屋としてぐいぐいと発展。今では「くらふとじん」なんて舶来モンを造って、しかもそれが世界で評価されているなんて聞いたらご先祖様も驚くだろうな、など思いながら森の中へ。
豊かな土壌が想像できる、ふわふわの柔らかい土の感触を足の裏で感じながら散策をするわけなんですが、この日は季節が冬から春へと変わっていく3月初旬。ちょうど最近落ち葉掃きが行われたというので、片隅には落ち葉の山がこんもりと積まれていたのですが、その落ち葉の山の裾野に打ち捨てられていたものに目がいきます。
落ち葉の脇には艶々としたジュニパーベリーと柚子の皮が。なんでも昨日の蒸留に使用したものだということで、ジンの製造という役目を終えたボタニカルは、こうして落ち葉と共に土に還し、ゆくゆくはそれらが堆肥となり、新しい樹木を育てるための土壌になっていくとのこと。植物や自然と共に生きるという考え方は、ジン造りと大変相性が良く、マツザキさんの取り組みはまさしくその考えに根ざしているのだな、と感じました。
こうした「環境保全」や「木育活動」の他に、忘れてはいけないこの森の役割が、そう。「ボタニカルの栽培」です。
現在この森では130本ほどのジュニパーの樹が植えられており、加えて柚子や山椒、桂皮といった「クラフトジン棘玉」に必要なボタニカルの栽培も行なっております。
未だ生産をまかなえるほどの収穫量は確保できないとのことでしたが、将来的にはこの森で育てたボタニカルのみを使用したジン製造を目指しているとのこと。実現すればSDGsの観点からも大変意味のあることですし、なによりワクワクしますね。自分たちの森で育てたボタニカルでジンを製造し、ジン製造としての役割を終えたボタニカルは再び森に戻って、豊かな土壌を育てる。そんな循環の中心にジンがあり、それを楽しむ人々がいるっていうのは、幸せな循環な気がしますね。
ジュニパーの樹はご覧のようにトゲトゲした葉を持っており、ブランド名の「棘玉」というのは、このヴィジュアルから取ったということです。油断すると刺さるくらいにトゲトゲしてます。ネッシーさんは、地元スコットランドの国花、アザミの花を思い出したみたいですね。アザミと同じくらいトゲトゲしてます。
森を抜けると、そこには「不老川」という縁起がいいんだか悪いんだか分からないネーミングの川が流れております。昔はよく氾濫したりもしたそうで、その度に川上から豊かな土が運ばれてきたため、このあたりの土壌は良いのだとか。
ちょうど訪れたタイミングでは川の護岸工事が行われており、水はせき止められておりましたが、タイミングが良ければ、川を流れる水音を聞きながら、上流方向に目を向ければ富士山の姿を望むこともできるそうで、なかなかにナイスなロケーションですね。ナイスなロケーションといえば、森の中にはモミジも植わっているとのことで、季節が合えば、バエバエに映え散らかす紅葉を楽しむこともできるんだそうです。スタッフさんが撮った写真を見せてくれましたが、大変美しかったですね。これは、秋口にまた来てみたくもなりますね。秋は紅葉、冬は落ち葉、春はふきのとうで、夏は虫が寄ってくるってんで、季節の移ろいを肌身で感じることが出来そうですね。木育ってこういうことですね。
不老川の向こう側には畑が広がっており、ここでも様々な農作物が栽培されております。時期によってはサツマイモなども栽培するとのことで、やはり地域の子供たちが芋掘り体験なんかをできる場を提供しているとのこと。世代を超えて環境意識を育んでいくという姿勢は、こちらの畑でも発揮されているようです。ちょうど先ほど落ち葉の山も見てきたことですし。芋掘って落ち葉焚きで焼き芋作るなんていうのは憧れですよね。
さて。
ゆっくりと周辺環境をご案内いただいてから、いよいよ本丸。蒸留所の中へと突撃していきます。
現在、蒸留所となっている建物は、もともと大正時代に建てられたものをリノベーションして使用しているとのことで、元は炭置き場などの倉庫として利用されていたのだそうです。当初はもうちょっと蒸留所然とした、立派な屋根がある建物とかを建てる構想もあったのだそうですが、それよりも元ある資源を有効に活用しようということでいまの形になったのだとか。一貫して資源を大切にするという企業の姿勢が伝わってきますね。
蒸留所の前にピラミッド状に積まれている甕は、酒造りに必要な仕込み水となる地下水を汲み上げるための装置を設置した際に地下から出土したものだそうで、曰く「醤油や酒の量り売りなどに使用していたと思われる甕で、おそらくはご先祖様が埋めたもの」とのこと。ご先祖様はなんでも遺しておくタイプの方だったんですね。
建物の中は大変こぢんまりとしている。
この建物内でボタニカルの浸漬から再蒸留、ボトリングまでの全ての工程を行なっているとのことです。
そして武蔵野蒸留所の造りといえば、なんといってもこちら!
三宅製作所といえば、国内の大手メーカーも導入している、国内ポットスチル製造を代表するメーカー。はっきりいって、こんなに小さなサイズのスチルも手掛けてくれるだなんて想像もしておりませんでした。
これまで国内外140カ所以上の蒸留所を見学して回った経験があり、「撮り銅(銅製ポットスチルの撮影に力を注ぐ人)」属性もあるネッシーさんも、さすがにこのスチルには笑顔を隠しきれませんね。
実際に目の前にすると、写真などで見るよりもさらに一回り小さい印象を受けました。
ちょうどお邪魔したタイミングで蒸留を行なっているところ。ここからはプロダクションマネージャーの方も加わって、お話をお伺いします。
使用するベーススピリッツはサトウキビ由来のニュートラルスピリッツ。
こちらの蒸留所はボタニカルごとに個別に浸漬と蒸留を行い、取り出した蒸留液をブレンドするという形で、製品を仕上げております。
仕入れのニュートラルスピリッツの度数は95度。それを、各ボタニカルの特性に合わせて加水調整をしてから浸漬し、漬け込みの温度や時間などもそれぞれのボタニカルに最適な状況に調整します。
「この方法により、それぞれのボタニカルの一番いい香味を取り出すことが出来ます」とのことで、一つ一つのボタニカルに最適な状況を把握するまでには、大変な時間がかかったんだそう。
そうしてベストな状態で蒸留まで進み、ヘッド/テールをカットして取り出した一番いい部分だけをブレンドに回すというわけですね。美味しくなるわけですね。
ちなみにカットしたヘッド/テールは次回の蒸留に回すということで、この辺りはウイスキーなどでも一般的に行われているところですね。無駄を出さない、マツザキさんらしい製造工程です。
もう一つ、こちらの蒸留所で注目したいのがこちら。
こちらでは同じく埼玉を、いや日本を代表するウイスキーメーカーである秩父蒸溜所のウイスキーの空樽を利用した、カスクエイジドジンを開発しております。こちらのカスクシリーズは現在第2弾までリリースされたおりますが、今後さらなるリリースも控えているということで、楽しみですね。
基本的に製造から出荷までの時間が短いジンに対して、カスクエイジドジンはウイスキーと同じように熟成の必要があり、時間がかかるもの。こちらでも2年以上は樽に寝かせているということで、これからの展開も大変楽しみです。
本格ロンドンドライジンの造りでありながら、柔軟な発想も持ち合わせている製造チームのお二人。
三宅製作所製のスチルの他に、さらに小さい試験用のスチルも使用するということで、そちらのスチルでは思い付いたものをどんどん蒸留してみるんだとか。「この間は森にふきのとうを見つけたので、それを採取してきて蒸留してみました。もう勤務時間は過ぎてたんですけどね。ちょっと試してみたくなって」と、笑う製造スタッフの方は、本当にジン製造を楽しんでいるように見えました。ジンの製造を開始してから、目に付く植物全てがボタニカルとして使用できないか気になり始めたんだそうで、変わったところだと「ねぎ」や「うなぎの骨」も試してみたと仰ってました。うなぎの骨。。?
棘玉の製造に携わるまでは、お酒造りは未経験だったというお二人。そのため「いい意味で素人なんです。既存のジン造りの常識が通用しないので、なんでも思いついたらやってみたくなる」と。
クラフトジンのような自由度の高いスピリッツと、そういった遊び心はとっても親和性が高いですね。
小規模でフットワーク軽く様々なことにチャレンジしながらも、造りはあくまで本格。ご先祖様からの遺産を引き継ぎ利用する一方、将来のための植樹や教育などにも力を入れる。自社でジュニパーを育てるほどの長期的な視野と、思いついたボタニカルをなんでも試してみようという瞬発的なアイデアを併せ持つこちらの蒸留所の姿勢は、過去からの蓄積を拡張して未来へと繋ごうという発展的な力を持っているなと感じました。
祖先と地域がもたらしてくれた豊かな土壌と良質な水を利用して、蒸留所のイマを閉じ込めた「クラフトジン棘玉」。その大きな循環の中にいることを感じながら飲むと、味わいもまたひとしおですね。ぜひどこかで見かけたらお試しくださいませ。美味しいですよ。
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