ジンはどこから来た? 謎めくルーツの可能性を徹底解説

ジンというお酒は、「ジュニパーベリーで風味付けされた蒸留酒」のことを指し、ここ日本でも注目度が上がり続けているお酒ですが、そんなジンのルーツをご存知でしょうか?

お酒に詳しい方であれば「ジンの元祖と言えばジュネヴァ」と仰る方も多いでしょう。

確かに1500年代からオランダで盛んに造られたジュニパー蒸留酒『ジュネヴァ』がジンの元になった蒸留酒で、それがイギリスに渡って「ジン」が出来たということは定説になっています。

しかし、それ以前にもジュニパーベリーを素材とした蒸留酒が存在していていたということが、近年研究によって明らかになってきています。

ではジンのルーツは何か?という質問に対して結論から言うと、「これこそが元祖ジン!」という決定的なものは存在しないと言えるのではないでしょうか。

今回の記事では、諸説あるジンの「プロトタイプ=原型」について。そして、それがどの様に変化して、イギリスでジンが誕生したのかを解説していきます。

2015年に出版されて今なお読みつがれているジンの専門洋書

『Gin: The Art and Craft of the Artisan Revival』と、日本で出版された代表的なジン専門書である『ジン大全』を参考文献の中心として、諸説あるジンのルーツをご紹介していきます。

紀元1世紀頃

Naturalis historia(1669年版の表紙)

古代ローマ時代の博物学者・ガイウス・プリニウス・セクンドゥスの著書で、起源77-79年に書かれた「Naturalis Historia」によると、最初期のジュニパー蒸留酒らしき記述があります。

その記録よると、ワインにジュニパーやその他のベリーなどを入れて煮出して、その蒸気を集めたものを薬として処方して、胃腸の痙攣や痺れ、坐骨神経痛などの症状に対して処方されていたとされます。

実際にそれが蒸留という工程と呼べるかどうかは議論の余地がありますが、確かにジン製造のような過程は経ているように思えます。

北欧の醸造酒 「ミード」や「サハティ」

bee hive in storage box

世界最古のお酒と言われる「ミード」。蜂蜜を発酵させてつくる醸造酒で、北欧の神話にも数多く登場します。フィンランドの歴史家であるHannele Klemettila氏により「common man’s wine」と後世に呼ばれたお酒が、ジュニパーで風味付けをしたミードであった可能性があるということです。

その後時代が降り、その様なジュニパーで風味付けをしたお酒は、北欧の伝統的な醸造酒である「サハティ」になった可能性があるとされてます。

サハティ
フィンランドのサハティ

サハティはビールの一種で、穀物をベースとして、ジュニパーやライ麦で風味付けがされたお酒です。

これらは蒸留の過程を経ていない醸造酒ですが、古くからジュニパーの薬効効果が信じられていたことの証拠に成り得ますね。

イタリアの修道院における「aqua vitae = 生命の水」

9世紀〜13世紀頃に中東や北アフリカにおいて、文化・科学・医療などの分野が大きく繁栄した文化隆盛の時代「イスラム黄金時代」。

その時代において、イスラム地域の科学者 / 錬金術師、ジャービル・イブン・ハイヤーン(Jābir b. Ḥayyān)によって発明された「アランビック蒸留器」は、現在でも使用されている蒸留器の元になったものでもあり、お酒の歴史に詳しい方であれば聞いたことがあるかもしれません。

銅製の蒸留器自体は紀元200年くらいから存在してましたが、実際に広く使われるようになったのはこのアランビック蒸留器以降と言われています。

11世紀になると、そのアランビック蒸留器はヨーロッパにも伝来。それによって、修道院などで様々な素材が蒸留され薬として用いられるようになりました。

その時代のイタリアの修道士が、ワインを蒸留したアルコールにハーブなどを加えて「aqua vitae=生命の水」を造り、薬効効果のあるお酒として処方していました。

そのハーブの中にジュニパーベリーも含まれていたという説があり、これがジンの原型として最も有力な説として扱われています。

ネーデルラントの「Jenever = イエネーフェル」

冒頭でも述べたジンの原型とされる『ジュネヴァ』。1500-1600年代にネーデルラント(現在のオランダ、ベルギー)で盛んに造られるようになりました。

そして、そのジュネヴァのさらに原型のようなお酒は、オランダですでに1200年代に登場していたと言われています。

1269年にオランダで書かれた百科辞典・Der Naturen Bloeme (‘the flower of nature’)によると、ジュニパーで風味付けをした強壮剤がその時代に造られていたとのことです。

これが歴史上、ジュニパー由来の薬酒についてはっきりと明記されていた初めての記録とされており、これこそがジンの原型だと主張する学者も一定数います。

オランダ語で「Jenever = イエネーフェル」はジュニパーの意味ですが、ジンの原型である飲み物もそう呼ばれたと言います。

「Genever= ジュネヴァ」の原型

ネーデルラントでジュネヴァが一般的になるまでにはもう少し時代が経る必要があります。

かつての医療薬である「生命の水」はワインをベースとして造られていたこともあり、ヨーロッパではワインを蒸留したブランデーが嗜好品として広く好まれていました。

しかしそれは高度の高い寒冷地のある国にとって有利で、ネーデルラント、ドイツ、イギリスなどの平坦な国土が広がっている国とってはブドウの確保が問題点の一つでした。

それに加え、1400年代に寒冷な気候「小氷期=Little Ice Age」 が到来すると、ブドウの栽培に影響が出て、ワインはどんどん高額となっていきました。小氷期は数100年続きましたが、その間に蒸留メーカーたちは苦心して違う道を模索しようとしました。

そこで脚光を浴びるようになったのが、大麦や麦芽、ライ麦を素材とする穀物ベースとする蒸留酒です。

a close up of a bunch of dry grass

1495年の書籍「Om Gebrande Wyn te Maken = making burned wine」に記された内容によると、ビールとワインをベースとして、当時は貴重だったスパイス(ナツメグ、クローブ、ジンジャー、カルダモンなど)、そしてジュニパーベリーを大量に蒸留して製造される強壮剤が造られていたとされます。しかし、当時はスパイスはとても高価であり、貴族の間で飲まれるような高価なお酒でした。

1502年にネーデルラントに「Dutch East India Company= オランダ東インド会社」が設立されると、アムステルダムはヨーロッパの香辛料の交易の独占的な立場になり、穀物ベースの蒸留酒にジュニパーやその他のスパイスなどのボタニカルが素材とされる蒸留酒が市場に出回る様になりました。

そのスパイス交易において、ヨーロッパ上で最も有利な立場にあったことから、ネーデルラントではジュネヴァの様なお酒が造られる土台があったのでしょう。

ベーススピリッツについて詳しく知りたい方はこちら

「ジュネヴァ」は薬酒から嗜好品へ

その後、1552年に出版された「Constelijck Distilleer Boek (Constelijck Distiller Book)」において、歴史上初めて『Genievre =ジュネヴァ 』という言葉が言及されたと言われています。

遂に、歴史上初めてジュニパースピリッツが市民の間で認識されてきた瞬間ということですね。

1606年になるとネーデルラントの税制に変革が起きます。それまでは、ジュネヴァは医療品として課税されていましたが、お酒のカテゴリーとして税金がかけられるように法改正がされました。

前項までに述べてきたジュニパーを副原料とするお酒は、医者が処方する薬用酒としての側面が強いか、もしくは、高価なスパイスを使用した一部の特権階級の飲み物でしたが、この税制の改革により市民の生活に嗜好品としてのジュネヴァが広まることになります。

ジュネヴァを発明したのはシルヴィウス博士?

フランシスクス・シルヴィウス

1600年代からオランダにおいて民衆の間に広がっていったジュネヴァですが、歴史的にジュネヴァの発明者と言われる人物がいます。

著名なオランダの医者「Franciscus Sylvius=シルヴィウス博士」は多才な才能の持ち主でもあり、同時に解剖学者や科学者として当時のオランダで名を馳せていました。

彼は1614年に誕生すると ’Franz de le Boë’ と名付けられ、その他にも ‘Franciscus de le Boë’ ‘’François Du Bois’  ‘Sylvius de Bouve’ など、様々な名前で知られています。

1658年にライデン大学の教授に迎えられ、胃や腎臓の薬に効くハーブの蒸留薬酒を研究していましたが、その間にジュニパーを蒸留してほとんど偶然的にジュネヴァのレシピを開発したと言われています。

彼はジュネヴァの発明者として後世に知られていますが、彼が産まれる以前からジュネヴァはオランダに存在しており、年代的に辻褄が合いません。現在では、彼がジュネヴァの発明者であるということは誤った認識とされています。

では何故彼がジュネヴァの発明者とされるようになったかというと、有名な科学者だったということから、当時のジュネヴァのマーケティング戦略としてそのように扱われたという説があります。

現在の様にインターネットもない時代、当時の民衆の間でまことしやかにささやかれていたということが想像できますね。

ちなみに、現在でもジンのブランドに『Sylvius GIn』や『Boë Superior Gin』 というものがありますが、彼にちなんで名付けられています。

ジュネヴァはオランダからイギリスへ オランダ人兵士の「Dutch Courage = ダッチ・カレッジ」

1500年台、オランダはネーデルラント州と呼ばれるスペイン領でしたが、オランダの北部に位置するネーデルラント17州がスペインの支配に対して反乱をおこします。

その戦争は八十年戦争 (1568年 – 1648年)と呼ばれ、ヨーロッパ全土を巻きこんで熾烈な争いが繰り広げられ、最終的にスペインがネーデルラントの独立を承認して終結します。

その中でも後半の1618-1648年は三十年戦争と呼ばれ、オランダとイギリスが同盟を組みスペイン軍と闘っていました。

その間、オランダ人兵士が戦場にジュネヴァを持ち込んで士気を高揚させていたとされ、後世の歴史家はこのジュネヴァのことを「ダッチ・カレッジ=オランダ人の勇気」と呼ぶようになりました。

戦場に持ち込まれていたジュネヴァは同盟国であるイギリスの兵士にも気前よく分け合われており、イギリス人兵士がそれを本国イギリスにも持ち帰ると贅沢品として扱われるようになります。

お酒のちゃがたパーク 楽天市場店
¥2,980 (2024/02/23 02:43時点 | 楽天市場調べ)

イギリスにおけるジュニパー蒸留酒の発達

ジュネヴァが持ち込まれる以前から、イギリスではオランダ程でないにしても蒸留の文化は根付いていました。

「生命の水」がイタリアの修道院で発達していったように、イギリスにおいても1200年代から1300年代の修道院で薬酒の蒸留はされていました。

その後、ドイツ人の書いた蒸留の本が英訳されてイギリスでも出版されるなど、ジュニパー蒸留酒は存在しており、さらにジュネヴァ伝来以降は、ジンの様な飲み物が製造されていたと記録がいくつか残っています。

The Distiller of London
The Distiller of London

1639年に発行された「The Distiller of London 」という本の中で、「Water of Fruits」という飲み物のレシピが描かれていますが、それによると、ジュニパーや柑橘の皮、スパイスなどを蒸留した後に、ラズベリーやストロベリーで風味づけをしたという現在のフレーバージンの様な蒸留酒が存在していました。

しかしその時代には蒸留酒には高い税金が課けられていて、とりわけ、輸入品は納税額が高額となり、まだ市民の飲み物ということにはなっていなかったそうです。

ウイリアム3世(William of Orange)がオランダとイギリスの君主となる

ウィリアム3世 (イングランド王)

1650年代に当時のイギリスの王であるジェームス2世がフランスに亡命すると、1689年に当時のオランダ王だったウイリアム3世がイギリスの王座にも就きました。これにより、一人の王がイギリスとオランダを同時に統治するという地代が到来します。

イギリスにおいて、それに伴い敵対国であったフランスからのブランデー輸入は禁止され、オランダから輸入されるジュネヴァが広く市民権を得ます。

ウイリアム3世の即位によって変わったのは、輸入酒の変化だけではなく、イギリス国内のお酒造りの市場も大きく変わりました。

それ以前のイギリスの蒸留所においては、閉鎖的なギルドの制度が敷かれており、蒸留は一部生産者によってのみ造られていました。蒸留免許が取得されやすいように法が改正され、さらに穀物由来の蒸留酒の税金も下げられたことにより、蒸留酒を造るメーカーが爆発的に増加しました。

イギリスで「ジン」が流行 時代は「ジン・クレイズ = 狂気のジン時代 」へ

ジン・レーン

ブドウが育ちにくい反面、穀物は良く育つイギリスの風土を反映して、麦汁を蒸留した蒸留酒が大いに造られるようになりました。

そして、ジュネヴァはその名前を短縮され、いつからか「ジン」と呼ばれるようになりました。

1700年代前半にはイギリスでジンは庶民の飲み物となりましたが、反面、規制緩和が行き過ぎたこともあり安価で粗悪なジンも大量に市場に出回りました。

これが悪名高い「ジン・クレイズ = 狂気のジン時代 」の到来ですが、その時代以降の歴史については、機会がありましたら別の記事にてご紹介させてください。

もちろん、現在のジンは悪名も消え去り、素晴らしいお酒として世界中で愛されています!

お酒の専門店ファースト
¥3,780 (2024/02/25 13:21時点 | 楽天市場調べ)

出典文献 :

ジン大全、Gin: The Art and Craft of the Artisan Revival

出典リンク :

gin MAGAZIN : The curious case of Dr. Sylvius

amsterdamaights.com : Gin or Jenever

gin1869 : The Birth of Gin

diffird’s guide : History of Gin 1100s – mid 1500s

alcademics : Did British Gin Come from Dutch Genever After All?