ジンというお酒は、「ジュニパーベリーで風味付けをした蒸留酒(スピリッツ)」であるという決まり以外はかなり自由度の高いお酒です。
そんなジンの風味の中心となるジュニパーベリー(以下 : ジュニパー)ですが、ジン以外にもジュニパーを素材として造られているお酒は存在しており、その魅力的な風味はお酒の味に彩りを与えることに一役買っています。
「ジン」とは呼ばれないジュニパーを使用しているお酒。その理由は色々な視点から区別することができますが、大きく分けて4つの観点からまとめてみました。それぞれの例もいくつかご紹介していきたいと思います。
そもそもジンとは
ジュニパーを素材として造られていてもジンと呼ばれないお酒を紹介する前に、そもそもジンとはどの様なお酒なのか、またその造り方を説明させてください。
大麦、ライ麦、またはブドウやリンゴなどといった、穀物や植物など農作物由来の素材をアルコール発酵させて醸造酒を作り、それらを蒸留することによって「ベーススピリッツ」が精製されます。
(おすすめ記事:いわゆるジンのベーススピリッツとは?)
そのベーススピリッツに、ジンにとって必須の素材である「ジュニパーベリー」や他のボタニカル(スパイス、ハーブ、フルーツなど)を加えて風味付けがされたものが「ジン」と呼ばれるお酒です。ボタニカルを加えてから再度蒸留することが一般的ですが、その工程を経ないジンも存在します。
本当にざっくり言ってしまえば、ベーススピリッツにジュニパーベリーを加えればジンと呼ばれるお酒になります。
その様に製法に縛りが少ない点が、とても自由度が高く作り手の個性が出やすいお酒ですね。
では、ジュニパーを素材としていながらも、ジンとは呼ばれないお酒をご紹介していきます。
『原産地呼称』という観点からジンではない
世の中にお酒の種類は無数に存在しますが、その土地土地で造られたお酒しかその名称を名乗れないということを規定で定められているお酒があります。その様な規定のことを『原産地呼称』と呼びます。
有名な例としてテキーラが挙げられます。もともとメキシコの「テキーラ」という村で産まれたお酒。現在では厳格にルールが規定されており、メキシコの5州で造られたもののみがテキーラを名乗ることができます。
テキーラはアガベ(リュウゼツラン=多肉植物)を原材料としていますが、他の地域でアガベ由来のお酒を造ったとしても、それはアガベスピリッツやメスカルと呼ばれるようになります。
原産地呼称の他にも、製法やアガベの品種などによっても細かく規定が設定されてますが、製造地域という縛りは非常に大きいものですね。
そんな原産地呼称が適用されるお酒はテキーラ以外にも世界中に存在しており、EU法やその国の法律、機関などによって制定されたものなど多岐に渡ってきます。
Genever = ジュネヴァ
ジンの元祖と呼ばれる蒸留酒。しかし、ジンとは親戚のような間柄でありながら、明確にジンではないとされています。ジュネヴァは1400-1500年代頃からオランダでつくられはじめ、その後海を渡ってイギリスへ。イギリス人の間で形を変えながら、ジンという名前が付けられるようになりました。
現在のジュネヴァは、オランダを中心に、ベルギー、フランスとドイツの一部地域でつくられている必要があります。
また、ジュネヴァは製法にも特徴があり、ベーススピリッツに「モルトワイン」と呼ばれるものを使用しています。それはどのようなものかというと、穀物を原料として単式蒸留器で複数回蒸留をした後にできるスピリッツのことを指します。
モルトワイン由来なので、ジンと比べても麦の様な香りがとても強く感じられるお酒です。
Steinhager = シュタインヘイガー
こちらもジンの親戚的なくくりとして扱われることが多い『シュタインヘイガー』。その歴史はジンより古く、ドイツにおいて発展してきました。ジュネヴァと同様に、原産地呼称とベーススピリッツの点からジンとの違いが見えてきます。
もともとドイツの北西部であるシュタインハーゲン(Steinhagen)という村で造られ始めたシュタインヘイガー。現在でも、ドイツで作られた銘柄だけがその名を名乗ることができます。
そして、ボタニカルとしてではなく、ベーススピリッツを製造する段階からジュニパーが使用されます。
まずジュニパーを発酵・蒸留してジュニパースピリッツを造り、そこに穀物由来のグレーンスピリッツの2種類を混ぜ合わせ、さらにそこから再蒸留をすることによって完成されます。
シュタインヘイガーの味の特徴として、ジュニパーの風味がとても強くその口当たりは甘くトロッとしたものとなります。
伝統酒としてのジュニパーブランデー
南はギリシャやブルガリア、北はクロアチアやスロベニアまでの地域を含むバルカン半島。そして、チェコやスロバキアを含む中欧の地域においては、フルーツを蒸留して出来る「フルーツブランデー」が多く製造されています。
その中でも、スロバキアやチェコ、セルビアなどの国では、ジュニパーを素材とする「ジュニパーブランデー」という、この地域ならではのお酒が造られています。
一口にジュニパーブランデーといっても製法も多岐に渡り、ジュニパーの純度の高いものから風味を添加しただけのものまでクオリティーはピンキリです。
ジュニパーを発酵させて蒸留した100%ピュアな「ジュニパースピリッツ」としてのジュニパーブランデーから始まり、前項でご紹介したシュタインヘイガーと同様、ジュニパースピリッツと「グレーン(穀物)スピリッツ」を混ぜ合わせたもの。
そして、グレーンスピリッツにジュニパーを漬け込んだものや、フルーツ(主にプラム)を蒸留してできる「フルーツブランデー」にジュニパーを漬け込んだものなど、様々なタイプがあります。
ジュニパー100%のスピリッツは、そのコストも高くなっていきますので、現在ではジュニパーの香味成分を添加しただけの安酒のようなものも出回っているそうです。
では、ジュニパーブランデーの代表的な例を見ていきましょう。
Borovicka = ボロビチカ(ボロヴィチカ)
中欧スロバキアの伝統蒸留酒。伝統的な製造方法として、ジュニパーベリーから抽出されたジュニパーオイルを水蒸気蒸留法で蒸留して出来上がります。
現在では、蒸留してできた蒸留液からジュニパーの精油成分を取り除き、2回目の蒸留でその香味成分をアルコールに移す方法が採られています。そこからグレーンスピリッツを混ぜ合わせて完成となります。
Klekovača = クレコバック
バルカン半島にある国の1つ・セルビアでは、プラムやブドウを主原料とした「ラキア」が伝統酒として造られています。
そのラキアにジュニパーの実を漬け込んで造られるお酒が「クレコバック」です。ボタニカルを漬け込んだ後に再蒸留をしないで造られる「コンパウンド・ジン」の様な製法ですが、ベーススピリッツがフルーツということがとても特徴的ですね。
Brinjevec = ブリンジェベック
スロベニア特産のスピリッツ。EU法において原産地呼称制度も制定されており、スロベニアのKraški(カルスト)地方で作られたもののみがブリンジェベックを名乗ることができます。
しかし、一言にブリンジェベックと言っても様々なブランドが存在しており、その製法も様々です。ジュニパーから造ったスピリッツ100%のものもあれば、ジュニパーエッセンスを加えただけのものもあり、その品質はピンキリとなっています。
ジュニパーが風味付けの副材料として使用されている
EU法のジンの定義の中に、「the taste is predominantly that of juniper. = ジュニパーが風味の主体である」という条項があります。
(おすすめ記事:ジンの定義 第一の分類)
つまり、本来ジンの風味の主役はジュニパーでなければならないということですね。しかしこの条項とは反対に、現在ではジュニパーの風味が弱くてもジンというブランドは沢山ありますが、あくまでジュニパーはジンの主役として捉えられています。
今からご紹介するお酒にもジュニパーは使用されていますが、あくまで、トータルの風味の一部分であるということが言えるでしょう。
ジュニパー・フレーバード(インフューズド)・スピリッツ
例えば、近年流行となってきている、ウォッカをベースとしながらも、ハーブや果実・甘味料などで風味付けして造られる「フレーバード・ウォッカ」。その中に「ジュニパー・ウォッカ」も存在します。
そもそも、ジンはウォッカのようなクリアなスピリッツにジュニパーで風味付けをしてできるお酒ですので、「シンプルにジンと呼んでも良さそうじゃないか?!」と言って混乱しそうですね!
ウォッカの他にもジュニパーで風味付けをしたメスカルなど、スピリッツの世界は自由な製法でどんどん新しいものが造られています。
ハーブ酒やハーブリキュールなど
スピリッツの世界は奥深く、ハーブや香草などのボタニカルの風味が主体として造られるスピリッツも世界中に数多く存在します。
そのお酒ごとに、ある程度の主原料の香草も決まっていますが、そこにジュニパーがミックスされているものも多く、トータルの風味の一端としてジュニパーをレシピに組み込んで造られる銘柄もあります。
アブサン = Absinthe
スイスで生まれてフランスでも流行した「アブサン」。ニガヨモギを主原料として、アニスやフェンネルで風味付けをしたスピリッツです。世界的に有名なジンの銘柄「ヘンドリックス・ジン」のメーカーは「ヘンドリックス・アブサン」も製造しており、ニガヨモギを主成分としながらジュニパーも風味付けの一端を担っています。
パスティス = Pastis
アブサンに含まれている「ツヨン」という成分が幻覚症状を引き起こすとして禁止され、その代替品として産みだされたのが「パスティス」というリキュールです。アニス、リコリス、フェンネルが主な材料とされています。イギリスの「タークィンズ・ジン」のメーカーの造るパスティスは「タークィンズ・コーニッシュ・パスティス」と名付けられ、ジュニパーもボタニカルの一つとして使用されています。
アクアヴィット = Aquavit
ジャガイモを発酵・蒸留したスピリッツに、アニスやフェンネル、キャラウェイなどのボタニカルで風味付けがされた、北欧地域を中心として造られるスピリッツ「アクアヴィット」。ボタニカルの一部にジュニパーを使用している銘柄も多く存在します。
コカレロ = Cocalero
コカの葉とガラナが成分としてつくられるお酒で、最近では色々な所で緑と黒のボトルを見かける様になりましたよね。17種類のハーブが素材として使用されており、実はその中にジュニパーも含まれています。
アルコール度数がジンの基準に満たない
EUとアメリカおける話なのですが、ジンというお酒と名乗るためには、ジュニパーをボタニカルとしたスピリッツであるという条件の他にも、最低基準のアルコール度数も設定されています。
EUにおいては37.5%、アメリカは40%という基準が設けられており、その基準に至らないことからジンとは名乗れません。
しかしそれはあくまでその地域で規定されていることで、その様な規定がない国や地域も多く、アルコール度数が低くてもジンと名乗るブランドがあることもあります。
ジュニパー・スピリッツ
ほぼジンの様なボタニカルと製造方法を持ちながら、アルコール度数が基準に満たないということからジンにならないスピリッツ。
例えば、イギリスで造られる『MINUS 33』というブランド。ボタカルなどほぼジンに近いのですが、33度というアルコール度数から、EU法の規定によりジンとは名乗らず、ジュニパースピリッツという扱いになっています。
もう一つの例として、いわゆる4大ジンの一角『ビーフィーター』からも、『ビーフィーター・ライト』と名付けられたアルコール度数20%のお酒が発売されています。オリジナルのビーフィーターが「LONDON DRY GIN」とラベルに銘打っているのに対し、ライトの方は「GIN」とはラベルに表記されていません。
ノンアルコール・ジュニパー・ドリンク
そもそもお酒ではないのですがご紹介させてください。
4大ジンの一角である『タンカレー』と『ゴードン』。そして、世界のジンブームのきっかけとなったと言われている『シップスミス』。近年、名だたるジンメーカーが、ジュニパーで風味付けをしたノンアルコールのドリンクを立て続けにリリースをしてます。
トニックウォーターで割ると、まるでアルコールの入っていないジントニックのような味になり、「ノンアルコール・ジン」や「アルコールフリー・ジン」とでも言えそうなものですが、そこはやはり規定が厳しいイギリスという地域。タンカレーやゴードンは「アルコールフリー 0.0%」という商品名にしており、ジンという言葉をラベルに記載していません。
世界的に見ても人々の間で健康志向は広まっており、ボタニカル由来のアロマティックなノンアルコール・ジンを造るジンメーカーがどんどん増えていっています。
最後に
ジュニパーベリーを使用しているけどジンではないお酒のまとめ、いかがでしょうか。ちょっとマニアックな話になりましたが、ジン好きの人たちの間では度々話のネタになるテーマですね。
法律、地域、歴史、製法など、色々な観点から論じることはできますが、ジンが造られていなかったような地域からもどんどんジンが登場してきて、規定や法律がまだまだ追いついていなかったり、世界的に見たら曖昧な点も多いと言えるでしょう。
裏を返せば、それだけ「ジン」というお酒は自由度が高く、その懐の深さを表しているのではないでしょうか!!
7 Juniper-Flavored Spirits that Aren’t Gin
西新宿 Bar BenFiddich(ベンフィディック) : ジュニパーブランデー (juniper brandy)の世界観
THE VICAR’S SON : Single Botanical Vodka/Gin = Juniper – Silver Medal
Difford’s Guide : Hendrick’s Absinthe
Difford’s Guide : Taquin’s Cornish Pastis
ginMagazin : Akavit and aquavit
ginMagazine : Where to find Beefeater Light lower-alcohol spirit
引用